情報交換とイノベーションのための自由で開かれた空間というインターネットの構想は、おそらく構想の域を出なかったのだろう。すなわち、非現実的な夢だった。
実際のところ、インターネットは多くの点で偶然の産物であり、米政府の一連のテクノロジープロジェクトから生まれたものだが、それがどういうわけか世界的なネットワークへと成長した。初期のインターネットファンには、開かれた情報の流れ、言論の自由、限定的な規制を信じていた人々がおり、少なくとも当初は、そのような価値観がインターネットの成長とともに広まっていくと思えた。
しかし、それは遠い昔のことだ。
インターネット(そしてその上に構築されたワールドワイドウェブ)が勢いを増すようになると、その未熟ともいえる楽観論が崩壊し始めた。むしろ、より強大な勢力、主に巨大な資金力と権力を持つ勢力によって押しのけられたといった方がいいだろう。
「グローバルインターネットの時代は終わった。米政府はこの30年間、民間部門や同盟国と緊密に連携して、安全で開かれた相互運用可能なグローバルインターネットというビジョンを推進してきたが、サイバー空間の現状は大きく異なる。インターネットは断片化が進み、自由度が下がり、危険が増している」。大きな影響力を持つ米外交問題評議会は、先頃発表した報告書でこのように警告した。
ドットコムバブルの発生と崩壊を受けて、起業家も政府も、この新しいネットワークがもたらす機会と脅威を認識した。
この20年間の巨大テクノロジー企業の台頭によって、インターネットは多くの人にとってより使いやすいものになったが、それらの企業が管理する一連の「壁に囲まれた庭」も作り出された。情報はその庭の中に保持され、簡単には移転できない。
その結果、少数の巨大企業が、ユーザーのオンライン検索、友人と情報を共有する場所、さらには買い物をする場所を管理するようになった。
さらに悪いことに、これらの企業は事実上の「監視資本主義」の発展を大いに助長し、ユーザーから共有された情報(何をしているのか、どこを訪れているのか、誰を知っているのか、といった情報)を広告主などに販売している。スマートフォンがウェブにアクセスする主要な手段の1つになったため、今ではどこへ行くにもそうした監視資本主義がついて回る。ソーシャルメディアの台頭(いわゆる「Web 2.0」時代)により、個人が独自のコンテンツを作成して共有できると期待されていたが、ほとんどの場合、大手テクノロジー企業が引き続き門番となっていた。
かつてオープン性を目的としていたプラットフォームが、テクノロジー大手に支配されているようだ。
一方、政府もインターネットの力を認識し、その活用に精力的に取り組んできた。インターネットは主に米国が発明したものであるため、少なくとも暗黙のうちに米国が管理してきたが、その状況が変わりつつある。一部の政府は、国民の権利とプライバシーの保護を目的として、理解可能で害のない法律や規制を制定している。しかし、情報やサービスへのアクセスを禁止することで、自らの権力を守ろうとする国もある。インターネットシャットダウン、すなわち危機の際に国家が決定するインターネットの完全な遮断が、ますます一般的になっている。
その結果、インターネットの断片化が進み、複数の勢力範囲に分裂しつつある。これがいわゆる「スプリンターネット」効果だ。
「インターネットを地政学の駒にするわけにはいかない。インターネットの内部構造に関する決定を政治的に利用すれば、危険な前例となり、インターネットが政治的、経済的、技術的な境界線で人為的に分断される『スプリンターネット』化が急速に進んでしまう。その影響は不可逆的なものになる可能性があり、各国における規制強化のきっかけになるかもしれない」。Internet Societyは2022年にこう警告している。
「デジタル保護主義が『スプリンターネット』を生み出す世界では、違う国の人々が互いに学び合って交流することができなくなり、人々はあらゆる意味で今より貧しくなるだろう。経済的、政治的、文化的な理由から、データが国境を越えて自由に流れる状態を維持することが不可欠であり、その実現に向けた各国政府の連携が極めて重要だ」と金融サービス業界団体のTheCityUKは先頃の報告書に記している。
こうした分断を最も明確に示しているのが、西側諸国でホストされている多くのサービスやデータソースへのアクセスをブロックする「万里のファイアウォール」(Great Firewall of China)などのプロジェクトだ。ロシアも広範なインターネットから距離を置こうとしており、Facebookなどのサービスへのアクセスを遮断している。