「攻めのIT」や「デジタルトランスフォーメーション」(DX)といった言葉が当たり前のようになって久しくなる。その中で多くの企業がDXの重要性を理解するようになったが、「デジタル技術によるビジネスモデルの変革」というDXの本質に到達できているのはいまだごく一部に過ぎない。
スイスの国際経営開発研究所(IMD)が毎年発表している「世界主要各国のデジタル競争力ランキング」では、2022年の日本の順位は64カ国中34位と過去最低を更新。デジタル化が進む世界の中、DXで後れを取る日本企業のプレゼンスは相対的に下がり続けている。
しかし、そのような状況下でもDXで着実に成果を上げている企業は存在している。そしてそれらの企業に共通しているのは、実効性を持った専任の「DX組織」の存在である。
そこで当連載では、「DX成功の鍵は“専任の推進組織”にある」との仮説のもと、DX先進企業のDX組織が持つミッションや機能、設置の背景などを紹介し、機能するDX推進体制の構築と運用のポイントを探っていく。第1回は、三井物産の取り組みを紹介する。
10年前に戦略的にIT活用に向けて経営体制を整備
三井物産は、資源・エネルギーなどの重厚長大系から最新のIT分野まで幅広い領域でビジネスを手掛ける日本屈指の大手総合商社である。世界63の国と地域で事業を行い、連結決算対象関係会社は509社、連結従業員数が約4万4000人、2022年度の当期利益は9147億円に達する。この大組織では、これまでどのようにDX推進体制を構築してきたのだろうか。
現在、三井物産では「デジタル総合戦略部」という組織がグループ全体のDX戦略の構築と実行を担っている。同部が発足したのは2019年だが、そこに至る前段として、まず10年前に戦略的IT活用を強化するための経営体制の整備が行われている。その際に改革を進めたキーパーソンが、現在、同社 執行役員でデジタル総合戦略部の部長を務める真野雄司氏である。
三井物産 執行役員 デジタル総合戦略部 部長 真野雄司氏
「2008年の段階では、社内では経営側があまりにITのことを考えない状態だった。最高情報責任者(CIO)も今ほどIT・デジタルに精通しておらず、情報システム部門であるIT推進部の判断に任せきりともとれる状況だった。それでは話にならない、経営がITを1つの機能として考えなければならないということで、『情報戦略委員会』という経営会議の諮問機関が作られた」(真野氏)
情報戦略委員会には、最高財務責任者(CFO)、最高戦略責任者(CSO)など、最高経営責任者(CEO)以外の経営幹部全員と、事業部門の本部長らが参加。そこでITや情報セキュリティ対策に関する重要な事項を決めていくスタイルが導入された。10年前にIT経営体制を整備したことが、その後のDX推進を円滑に進められた要因になっていると真野氏は語る。
デジタル部門とIT部門、CDOとCIOを一本化
DX組織改革については、まず2017年に最高デジタル責任者(CDO)が置かれ、2018年2月にIT推進部とは別に「経営企画部DTチーム」という専任組織が発足している。当初は、多くの企業がそうであるようにIT推進部とデジタル部隊は別々に存在していたが、2019年6月に真野氏がIT推進部の部長に就任し、両部隊を統合して同年10月にデジタル総合戦略部が誕生した。統合の根拠となっているのが、“実装”である。
「デジタルの新しい仕事を生み出す際に、AI(人工知能)エンジニアやデータサイエンティストだけではサービスとして実装するまでには至らない。そこには必ずクラウドの使い方、セキュリティやデータベースをどうするか、ERP(統合基幹業務システム)とどうつなぐかという問題が伴う。ならば最初から一緒に進めた方がいいということで、当社では組織を1つにまとめ、“総合”という名前を冠して活動している」(真野氏)
その後、三井物産本体のITとデジタル周りだけでなく、総合商社の事業部門ごとにあったIT組織や、IT推進部が見ていない人事などのコーポレートシステム群を全て「力技で」(真野氏)デジタル総合戦略部に吸収。全社のシステムを一括管理できる体制を整えるとともに、トップのCIOとCDOもCDIO(チーフ・デジタル・インフォメーション・オフィサー)に一本化し、2020年に現体制を確立した。そして現在、かつて真野氏が発足に寄与した情報戦略委員会の事務局をデジタル総合戦略部が務め、経営企画部やICT事業本部、さらに重要子会社である三井情報(MKI)や三井物産セキュアディレクション(MBSD)とも連携、協働して、三井物産のDXを推進している。
三井物産におけるDX推進組織の変遷
DX推進のための経営体制