前回は、欧州における人工知能(AI)に関する新しい法律について解説しましたが、今回はアイルランドにおけるAIの広範なエコシステムについてご紹介します。
「AIとは何か?」。これに関する明確な定義はありませんが、「利用者に『人間が対応している』と感じさせるレベルにまでソフトウェアを『賢く』するために集められた、広範かつ多様な手法やアルゴリズム、テクノロジーの集合体である」と、全米科学財団(NSF)の情報・知能システム部門ディレクターのLynne Parker氏は述べています。
つまり、機械知能(MI)やニューラルネットワーク、認知コンピューティング、ビジョンシステムおよび処理、自然言語処理、さらにそれらに関連するさまざまなテーマや要素は全てAIに含まれるのです。それ故、AIを開発する際には、広範にわたるさまざまなアイデアや技術要素を取りそろえたエコシステムが確立していることが重要となります。
アイルランドでは、産業界、大学、研究開発機関、政府機関において、AIの開発には欠かせないエコシステムが確立されています。
1.産業界
アイルランドでAIに取り組んでいる企業の例としては、以下のようなものがあります。
Accenture
Accenture Labsは、企業がベンダーごとに異なるAIの選択肢に直面した時に、その課題を克服するために「アクセンチュア人工知能エンジン」(AAIE)を開発しました。また、Saffron Tech(現在はIntelの一部)およびExpert Systemと協力し、AIに関する情報をクライアントに提供しています。
Intel
Microsoftと協力し、AIワークロードを加速させる専用チップ、「インテル モビディウス ビジョン プロセッサーユニット」(VPU)を開発しています。
Dell Technologies
「コンタクトコネクトAI」プロジェクトは、同社の製品に関して顧客が直面する問題を予防・軽減するというミッションを達成するため、分析を推進し、カスタマージャーニー全体で大規模にデータを接続し、顧客に推奨事項と解決法を提供するものです。
AXA Insurance Ireland
「Auto-docs」ソリューションの採用により、保険金請求への迅速な対応・解決という自動化のメリットを顧客にもたらし、AXAも迅速な解決によりコスト削減の恩恵を受けています。
2.アカデミア
産業界との協力のもと、現在および将来のAIエンジニアがその役割を果たすために必要なスキルや理論、認識を身につけるために、オンラインおよび対面式の3レベルコースが開発されました。これには、リムリック大学のAIの修士課程や、コーク工科大学の修士課程などが含まれています。
3.研究開発機関
アイルランドには、欧州最大のデータ研究所であるCeADAR Centre for Applied Data Analyticsをはじめ、INSIGHT Centre for Data AnalyticsなどAIに関する専門的知識を持つ研究所があり、華為技術(ファーウェイ)、Stryker、Dell、SAP、Intel、Cisco Systems、Pepsi、Novartis、Hewlett Packard Enterprise(HPE)、IBM、富士通、サムスン、Fidelity、Aviva Healthなどの企業パートナーが参加しています。
富士通の場合、INSIGHT Centreと共同で生化学反応を予測する技術を開発し、AIを活用した遺伝子疾患のメカニズム解明を行いました。また、INSIGHT Centreでは、最近、欧州連合(EU)から900万ユーロの出資を得て、AIオンデマンド(AIOD)プラットフォームとして知られる欧州の戦略的に重要なAI基盤の次のフェーズを開発しています。
4.政府
投資先、事業展開先としてのアイルランドの魅力は、次の8つの主要な要素に支えられています。
- 安定した経済、政治環境
- サステナビリティー(持続可能性)とグリーンリカバリーに重点を置いた取り組み
- 70年以上にわたる多国籍企業誘致の実績
- 高学歴、欧州で最も若い人口
- 一貫したプロビジネス政策
- EU加盟への揺るぎないコミットメント
- 多国籍企業の将来の成長に向けた戦略的パートナーとしてのアイルランド政府産業開発庁(IDA)の存在
- 主要産業とイノベーションのクラスター
アイルランドには、Born on the Internet企業の上位10社の全て、ICT上位10社のうち9社が進出しており、国内市場だけでなく、国際的なビジネスも展開しています。アイルランドの人口の50%は35歳以下、18%は英語以外の言語を母国語とし、若く、多言語、AIに精通した人口が、アイルランドでの事業運営を成功に導いています。