あるセミナーで「ITシステムの導入検討が難しくなっている」と話題になりました。ITシステムを導入する意味を改めて考えないといけない状況が生じています。
かつてITシステムの導入の目的は、単純作業の自動化でした。ビジネスの遂行に必要な多くの作業を手と紙で行っていた時代、数字を入れれば一瞬でその結果を表示してくれるITシステム、とりわけ1人1台割り当てられるPCの登場は、衝撃的だったでしょう。今でもPCを「OA-PC」なんて呼んでいる企業も多くあります。OAは、「Office Automation(オフィスオートメーション)」の略です。まさにITシステム、そして、それにアクセスするPCの導入目的は、作業の自動化でした。
PCの登場から約半世紀(諸説あります)。今やITシステムは、作業の自動化どころかビジネスのあらゆる場面で利用されています。PCなんて、もはやオフィスそのものです。コロナ禍になり、働き方はオフィスワーク、リモートワーク混在のハイブリッドワークが中心となりつつあります。「オフィスに行く」が「PCの前に座る」と同義になった今、PCはただの作業を自動化するだけの道具ではありません。
しかし、今でも多くの企業は、業務用途のPCをOA-PCと呼んでいます。このクリエイティブな感じの欠片もない言葉に込められたPCの位置付けは、多くの日本企業でデジタルトランスフォーメーション(DX)が進まない最大の理由のような気がします。ITシステムもPCも、ただ単純に作業を自動化するだけの道具ではもはやないはずです。
話を元に戻しましょう。「ITシステムの導入検討が難しくなっている」――。従来の「ITシステムの導入目的=単純作業の自動化」であれば、その効果を数字で簡単に計算できます。例えば、ある作業に人手なら1時間かかっているところ、ITシステムを導入すれば1分で済むとしましょう。60倍の効率化です。
年間でこの作業に5人が専従していたとすれば、1人が1カ月だけ仕事をすればこなせる仕事量になります。時間単価2000円だとすれば、年間1920万円。それが、わずか同32万円のコストになります。そのITシステムの導入に2000万円かけたとしても、1年ちょっとで元が取れ、その後はITシステムを使い続ける限りコスト削減効果を受け続けることができます。こうなれば、ITシステムを導入しない手はありません。いわゆる高い費用対効果を望めるわけです。
しかし、ITシステムが浸透した昨今の日本企業において、これだけはっきりと費用対効果が出せる話は多くないでしょう。というか、ほとんどないと思います。ITシステムは高度化し、単純作業の自動化が目的ではない、より高度な付加価値をもたらすITシステムが多くなりました。
例えば、CRM(Customer Relationship Management=顧客関係管理)は、顧客情報や顧客への活動履歴を保存し、その情報を企業で活用するためのシステムです。かつて「Excel」などで管理していた情報をタイムリーに記録、分析する前提で作業が自動化されるという効果はあるものの、それだけが導入の目的ではありません。顧客との良好な関係をより確固たるものにするためのインサイト(気づき)を得るのが目的です。この効果を数値で測ろうとしても、なかなか測れるものではありません。
また、作業を自動化するにしても、明らかにシステム化した方がいい作業については、既にほとんどがシステム化されているでしょう。残された作業は、本当はシステム化した方がいいかもしれませんが、頑張れば人手でできてしまったり、システム化するには要件定義やらが複雑で人の経験に任せてしまっていたりというものがほとんどです。これらは属人化の温床です。経営としてはリスクとも言えますが、この排除で得る効果もまた、数値で測るのは難しいのです。