この連載ではこれまで、電子商取引(EC)の刷新をテーマに、それが求められている背景やシステム基盤が備えるべき要件、今後を踏まえた技術の進化について述べてきた。最終回となる今回は、改めてEC刷新が必要とされる背景やビジネスの変化について整理し、その上でEC刷新プロジェクトを成功に導くポイントと、ECプラットフォームの選び方について解説する。
改めて考える、今こそECを刷新する意義
連載ではこれまで、ビジネス環境の変化やITの進化を踏まえ、EC刷新の必要性や成功するためのポイント、ECを取り巻くテクノロジーの進化を取り上げてきた。読者の中には、そうした状況の変化を理解しつつも「とはいえ、すぐにECを刷新することなんて無理」と感じている方もいるだろう。コストも工数もかかるし、現状の仕組みでうまく動いているのならば「いますぐに」変える差し迫った理由はない。
そこであえて強調しておきたいのは、たとえ「いますぐ」でなくても「今後数年のうちに」というスパンでEC刷新を検討すべきだという点だ。なぜなら今後、ECの需要が伸びることはあっても減少することは考えにくいからだ。
2020年以来続いたコロナ禍により、ECへの需要は確実に伸びた。2022年8月に発表された「国内電子商取引市場規模(BtoC及びBtoB)」によると、物販・サービス・デジタル分野のEC市場規模は順調に拡大している。コロナ禍が始まった2020年は、2019年と比べると市場規模が縮小したように見えるが、これは飛行機やホテル、パッケージツアーといった旅行関連の消費やイベントチケットなどが販売できなかったためだ。物販やフードデリバリーなどは順調に成長しており、2021年度は初の20兆円超えとなった。
図1:経済産業省「BtoC-EC市場規模の経年推移(単位:億円)」より
国内ばかりでなく、越境ECの市場規模も拡大し続けている。先の調査結果によると、日本・米国・中国の3カ国間における越境ECの規模はいずれも増加し続けており、日本は前年比9.1%増、米国は19.3%増、中国は10.7%増となっている。また、中国消費者による2021年度の日本の越境EC事業者からの購入額は前年比9.7%増の2兆1382億円で、こちらも引き続き拡大中だ。
昔のECはリアル店舗に付随するもう1つの販売チャネルという位置付けだったが、現在のECは当時と全く異なる。中国ファストファッションブランドの「SHEIN(シーイン)」が2022年11月に原宿にオープンした「SHEIN TOKYO」は、商品を売らないリアル店舗だ。SHEINの強みは、「世界の衣料品工場」と呼ばれる中国・広州の衣料品市場を背景に、ECに特化した販売戦略で多品目生産と低価格、迅速な配送を実現したことにある。世界のトレンドを人工知能(AI)で解析してデザインに反映させるとともに、オンラインでテスト販売を行いつつ、生産管理や物流管理のサプライチェーン(供給網)を整備して小ロット生産とスピーディーな配送を可能にした。
SHEINが注目を集める理由は、企画から出荷までわずか2週間を実現するサプライチェーン戦略と、AIやSNSをフル活用したマーケティング戦略の2つを核として、デジタル変革(DX)を体現したビジネスで短期間に急成長した点である。同社にとってリアル店舗は実際のデザインやサイズ感を見てもらうためのフラッグシップショップで、販売は基本的にECのみ。ECを起点にアパレルビジネスに“アジャイル”という変革をもたらしたSHEINの2021年の売上高は3兆円近くに上っているという。
ビジネス環境の変化は速く、いつこうした変革の波にさらされるかも分からない。ECを単に販売チャネルと考えず、DXを推進する中で、「ECを起点にした時に自社はどういう価値を提供できるのか」を考え、それに合わせたECプラットフォームの整備を進めておくことが必要だ。
いまこそ必要なECプラットフォームとは
先のSHEINでも触れたが、同社は単なるECサイトではなく、衣服を生産する数百、数千のサプライヤー(供給元)とのサプライチェーンネットワークを組み、世界7地域に物流拠点を構えてロジスティクスシステムを構築している。生活者に「売る」だけでなく、このバックエンドの仕組みが整備されているからこそ、多品種小ロット生産によるデザインの豊富さ、企画から出荷まで短期間で出荷可能かつ迅速な配送が実現できているわけだ。
また、テクノロジーの進化はデジタルの表現力も変革している。3Dオブジェクトを掲載することで商品を立体的に閲覧できたり、家具の配置をバーチャル体験できたり、洋服や化粧品であれば自撮り画像と組み合わせて身に付けた時のイメージを確認できたりなど、商品写真のカタログにとどまらない体験を提供しているECも増えている。それにはクリエイティブ制作とECをスムーズに連携し、商品サイクルや商戦チャンスに合わせて最適なクリエイティブを掲載できる機能も必要だ。
ECは、商品写真を並べ、カートに入れることができ、決済機能を備えていればそれで済むというわけではない。バックエンドの基幹システムからパーソナライズ、クリエイティブ制作・管理まで含めて基盤として整備しなければ、消費者が望む顧客体験の実現は難しい。
大規模EC刷新プロジェクトを成功させるポイント
以上のことから、いまEC刷新プロジェクトを進めるとなると、情報システム部門はもちろん物流や調達などバックエンド業務部門のスタッフ、クリエイティブ制作に携わっているマーケティングや広報部門まで巻き込んだ大規模な構成になると予想される。EC刷新を機に新しい付加価値提供を目指すのならば、経営企画室や経営層の関与も必要だ。
EC刷新プロジェクトが難しいのは、まず関わる範囲が広く、人数も知見もさまざまなステークホルダー(利害関係者)が多いという点がある。こんなプロジェクトを円滑に進めるにはどうすればいいのだろうか。
まずプロジェクトの責任者は経営者もしくはCxO(Cクラスの経営幹部)人材であることが必須だ。新たな価値創出を目指すのなら、ECの“見た目”だけではなく、バックエンドまで含めたビジネスプロセス改革を伴うことがある。改革の大なたを振るうことができるのは経営層クラスしかいない。そして現場のプロジェクトマネージャーは、この責任者から全権を任せてもらう形でプロジェクトを進めていく。
プロジェクトを円滑に進めるために必要なことは、大きく言うと次の3点だ。
第1に、バックグラウンドもビジネス用語もバラバラのチームのマインドセットを統一すること。昨今のシステム開発はまず作ってから改善していくアジャイル型が多いので、まずはアジャイルの考え方、進め方について理解してもらう。ここがプロジェクトの土台となる部分だ。
第2に、プロジェクトメンバーのタスクや進ちょく状況を可視化すること。National Australia BankがDXプロジェクトを進める際、トヨタ自動車のカンバン方式を参考にプロジェクトタスクと担当者、進ちょくを管理できるダッシュボードアプリを開発して、メンバーの重要業績評価指標(KPI)とタスクのスタック状況を可視化したという。これにより、停滞しているタスクを発見していち早く対応策が取れる。
第3に、1人で全てを決定、決断しないこと。迅速な判断やどれか1つに決めなくてはならない事柄は当然出てくるが、前述した通り、EC刷新プロジェクトはさまざまな部門や業務の協力なしでは成功できない。当然、自分の知らない業務内容ややり方も出てくるはずだ。1人で全てを判断するのは事実上不可能なので、「全てのチームメンバーにとって最適な解」を複数で考えていく必要がある。
なお、この3点は社内に限った話ではなく、社外の開発パートナーに対しても同様だ。社内だけの暗黙の了解でDXプロジェクトを進めても、パートナーを含めたプロジェクト全体の意思が統一されていないと必ず頓挫する。開発パートナーは決して“下請け”ではない。大切な点は、社内外全ての関係者間で「マインドセットを統一する」「進ちょくを可視化する」「メンバーに最適な解を複数で考える」という3つを徹底することだ。