日本ヒューレット・パッカードは11月、年次イベント「HPE Discover More 東京 2022」を3年ぶりに都内でリアル開催した。同イベントの講演のために来日した米Hewlett Packard Enterprise(HPE) データ&AI担当 シニアバイスプレジデントのEng Lim Goh博士に、同社が取り組む最新のデータ活用事例について聞いた。

米Hewlett Packard Enterprise(HPE) データ&AI担当 シニアバイスプレジデントのEng Lim Goh博士
--HPEではどのようなプロジェクトに取り組んできましたか。
私はHPEでデータ&AI担当のシニアバイスプレジデントとして、大きく2つの役割を担っています。1つは「外に出て、お客さまと“エンゲージ”すること」、もう1つは「お客さまの長期的なプロジェクトを支援すること」です。長期的なプロジェクトの具体例として、3つのプロジェクトの概要を紹介しましょう。これらはHPEが取り組む「データ」「エッジ」「人間性(Humanity)」の3つの要素に深く関わりを持つものです。
1つは米国航空宇宙局(NASA)と実施したプロジェクトで、HPEの市販サーバー(注)を国際宇宙ステーション(ISS)に搭載し、長期間の運用を行ったものです。エッジの中でもISSは現在、「最も遠くにあるエッジ」だと言えます。そして、「人類」が月や火星に到達する際には「データ」とその解析処理が重要です。
宇宙線の影響でメモリーの内容や半導体そのものが破壊される懸念があるため、従来は特別な保護を施した専用機器を用意するのが一般的だったが、HPEではソフトウェアによる冗長化/信頼性確保技術を活用することで十分な信頼性を確保したという。なお、宇宙線の遮蔽(しゃへい)についてはNASA側がISS全体に対して講じているもので十分ということであり、何の遮蔽も行っていないということではない。
市販サーバーは1年半以上にわたって正常に稼働した一方、冗長化されている電源ユニットのうちの1つが故障し、SSDも幾つかエラーを起こしたが、いずれもソフトウェアによるエラー回復が行われ問題は生じなかったとのこと。
ISS自体の制御のためのミッションクリティカルシステムは従来通りにハードウェアレベルで厳重な保護を施された専用のもので、HPEのサーバーはそれとは別のデータ処理用に使われるもの。1年半という期間は、有人火星探査を念頭に「火星まで往復するのに必要な期間」をカバーできるもので、火星までは光速でも最短で往復6分ほど要するため、「エッジ処理」を可能にするためのサーバーを火星まで運んでいくことが想定されている。
2つ目の例として、全世界の病院を連携させるというプロジェクトがあります。基本的に、病院が持つ患者のデータは重要な個人情報であり、外部と共有することはできません。そのため、個人情報そのものは共有せずに、データから得られるインテリジェンスだけを共有する方法を確立したい、というのがプロジェクトの目標です。
このためにHPEでは、「Swarm Learning」という技術に基づく分散学習システムで、各病院がそれぞれデータに基づく学習を実行し、学習の結果得られたインテリジェンスをブロックチェーン技術で共有できるようにしました。
3つ目は最近開始されたプロジェクトで、サステナブル(持続可能)なエネルギー開発に関わるものです。英国原子力公社(UK Atomic Energy Authority)と協力し、2040年の実用化を目指して核融合炉の研究開発を行っています。
こうしたプロジェクトを推進していくと同時に、こうした経験から得られたさまざまな成果や知見を広くお客さまと共有し、展開していくことが私の大きな役割です。
--核融合炉の研究とはどういうものでしょうか。
核融合は研究途上の技術で、重水素原子を融合させてヘリウムに転換する際に放出されるエネルギーを使って発電するというものです。この反応は太陽の内部で起こっているエネルギー反応なのですが、地上でこれを再現するためには、太陽の10倍ほどの高温が必要になります。これは、地球上では太陽内部と同等の圧力環境を再現することができないためです。この高温高圧のプラズマを融合炉の内部に維持し、かつ内壁に接触しないように保っておく必要があります。この制御のためにはスーパーコンピューターによるシミュレーションが活用されており、さまざまな条件を変更した際にプラズマの状態がどう変化するかを探っています。
プラズマの温度は摂氏1億度以上に達するため、融合炉自体が破壊されるのを防ぐために排熱パイプがあり、適切な温度範囲を維持できるようにしていますが、ここで問題が生じました。適切な排熱パイプのサイズを決定するためにこれまで利用されていた計算式があるのですが、この計算結果に対してスーパーコンピューターによるシミュレーションの結果最適解として導き出された排熱パイプのサイズは6倍も大きなものになったのです。そのため、計算式とコンピューターシミュレーションのどちらを信じればいいのかが分からなくなりました。
そこで、人工知能(AI)を活用して数式の探索を行いました。具体的にはコンピューターシミュレーションのデータを学習させたAIモデルで、シミュレーションの結果に合うような計算式を探させたのです。そうして得られたさまざまな計算式を絞り込んでいき、よりシンプルな計算式を求めていったところ、最終的には従来の計算式に修正項を1つ追加する必要がある、という結果が得られました。
研究者がその修正項の意味を吟味した結果、この項が意味する影響は炉のサイズが小さい場合には無視できる程度のものだが、炉のサイズが大きくなってくると無視できない規模になってくるということが分かりました。つまり、従来はごく小規模な炉で実験を行っていたためにこの項の必要性に気付かず見落としていたのですが、現在開発中の新型炉はかなり大型のものになってきているため、この項の影響を無視することはできない規模に到達していたということが分かったのです。
これはつまり、計算式とシミュレーションのどちらが正しいのかの検証をAIで行った事例ということになります。