不確実性の時代に、アジャイル開発で向き合っていこう

第3回:これまでとは「違うやり方」の広まり - (page 2)

岡本修治 (KPMGコンサルティング)

2023-02-16 07:30

 一方で、例えば、4月の新生活スタートのシーズンに向けた一般消費者向けキャンペーンなど、短期間で開発を進めなくてはならないアプリケーションを、じっくり時間をかけて開発計画や需要予測を行う、というのも現実的ではありません。まずは動くものを作り、ユーザーの反応を見ながらアップデートを繰り返し、機能の拡充や軌道修正を図るというのが正しい戦略です。

 このように、行政機関や金融機関などの大規模開発のニーズから発展したウォーターフォール方式と、Linux開発のように優れたエンジニアの好奇心や行動様式を是とし、彼らの能力を最大限活かすアジャイル方式とは、そう簡単に分かり合えるものではないのかもしれません。そうであったとしても、バザール方式のダメなところをあげつらうよりも、その利点を理解し、うまく取り込んでいくことが重要なのではないでしょうか。

 もう1つは、我々が生きる現代社会はもはや、希少性を前提とした交換経済ではなくなってきているということです。20世紀においては、希少価値を作ることが富をもたらしました。それが普及し、コモディティー化してしまったら、新たな希少価値を作り出してきたわけですが、そのために、ときにはライバルを出し抜いてでも特別な、唯一無二の何かを作り出し、比較優位を築く努力をしてきました。

 ところが、モノが行きわたり衣食住が満たされている、「マズローの欲求5段階説」における「物質的欲求」が達成されてしまった世の中では、希少価値を作り出すよりも、もっと便利でカッコいいものを共有したいという意識のほうが強くなっていきます。我々が日常的に触れているITの世界では特にそれが顕著で、必要なものはオープンソースでほぼ充足されており、その活用に関するノウハウや資源が希少価値として特定の場所や人に限定されている状態はむしろ都合が悪いのです。

 別の言い方をすれば、「バザール」に参加する人たちは、「モノ」は使えば償却してしまうが、「ソフトウェア」は使えば使うほど価値が増していく、ということを理解しており、またそれはミレニアル世代やZ世代などの若い世代に顕著にみられる行動原理です。

スマートフォン開発における「違うやり方」の広まり

 もはや我々にとって必要不可欠なガジェットとなったスマートフォンは、2000年代後半に起きたイノベーションによって現在の形が方向づけられたわけですが、その当時を振り返ってみましょう。図1によると、従来型の携帯電話がスマートフォンに進化を遂げる過程において、現在の市場における2大陣営以外にも、実にさまざまなスマートフォン用のOSが存在し、しのぎを削っていたことが分かります。興味深いのは、初期における混沌とした状況が、2012年のトップシェア交代を境に大勢が決していることですが、その大きな要因は、現在の2大陣営がいずれも「伽藍とバザール」でいうバザール方式を忠実に実践してきたことの表れともいわれています。

図1 全世界におけるモバイル・デバイス搭載OSのシェア(2009 1Q~2022 4Q)
(出典:https://www.statista.com/statistics/272698/global-market-share-held-by-mobile-operating-systems-since-2009/)
図1 全世界におけるモバイル・デバイス搭載OSのシェア(2009 1Q~2022 4Q) (出典:https://www.statista.com/statistics/272698/global-market-share-held-by-mobile-operating-systems-since-2009/

 実際、筆者の周りでもごく初期のスマートフォンが出回り始めると我先にと入手し、その素晴らしさを嬉々として解説してくれる同僚がおり、こういう機能が将来的に追加されたり、ここの使い勝手が改善されたりするといいのに、といった批評が花を咲かせていました。日本で2008年に発売されたスマートフォンの仕様の一例を見てみると、ディスプレイは3.5インチ(480x320ドット)、内蔵カメラは200万画素でビデオ撮影は不可、メモリ容量は8GB/16GBとなっており、従来通り通話ができ、さほど奇麗ではないけれど写真が取れて、画面は小さくて荒いけれどインターネットや動画が閲覧できて、という、あえて点数をつけるとすれば60点ぐらいのでき、といえるものでした。

 ここで重要なポイントは、そうしたエンドユーザーの批評に耳を傾け、次のモデルのリリースサイクルで取り込むという「バザール方式」と「反復型」の開発スタイルが一貫して取られたことです。折からのSNSブームで、一般消費者が世の中に対し情報発信する手段を得た結果、前述の製品批評は誰でも読むことができるようになり、開発サイドにとっては貴重なフィードバック源となりました。それらを、現在も続く一年に一度の新型機のリリースの際に取り込んでいき、またその結果としてそれまでの1年間に投下した開発資金を回収していったのです。

 なお、2大陣営のOSは、一方はLinuxベースのオープンソースソフトウェア、もう一方はプロプライエタリソフトウェアという違いがありますが、このことから分かるように、バザール方式はオープンソースソフトウェア開発にのみ適用可能というわけではありません。それは、図1に登場する、市場から撤退していった他のOSにオープンソースベースのものがあることからも明らかです。また、両社の成功要因は開発方式にのみ帰属するものではなく、それまで市場を支配していた先行企業が直面したイノベーションのジレンマなど、他の要因も関係している可能性がある点には留意が必要です。

 3回にわたり、ウォーターフォールとアジャイルの生い立ちと、その基本的な考え方を見てきました。次回はアジャイルをもう少し掘り下げ、アジャイル開発へのよくある誤解を解説していきます。

岡本 修治(おかもと・しゅうじ)
KPMGコンサルティング Technology Strategy & Architecture シニアマネジャー
外資系総合ITベンダーにおいて大規模SI開発をはじめ、ソフトウェア開発プロセス/ツール展開のグローバルチーム、コンサルティング部門などを経て現職。金融、製造、情報通信など業界を問わずITソリューション選定、開発プロセスのアセスメント(評価)と改善、BPR支援などさまざまな経験を有し、中でも不確実性の時代と親和性が高いアジャイルトランスフォーメーションを通じた意識改革、開発組織の能力向上支援をライフワークとし注力している。

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