これまでの2回を通じて、ERPに対する経営層の期待という観点で考察した「過去」と、そしてそれを実現できずにいる厳しい「現在」を見てきた。そこには構造的な課題が横たわり暗たんとした気持ちになる内容だったかと思う。
しかし、ERPを有効に活用し、経営効果を上げている企業も多くある。そして多くの失敗事例と成功事例から成功の法則が見えつつある。
ERPのコンセプトは今も価値があるのだろうか
「業務の標準化」「全体最適」「可視化」「リアルタイム経営」「データに基づく経営」といったERPへの期待、これは今日においても価値があるのだろうか。そして、これらを実現する手段としてERPを超えるものがあるのだろうか。それらの答えは以前と変わっていないように思える。経営の基盤としてERPの必要性はますます高まっているし、基盤としてこれを超えるものはない。
個別最適化と属人化が進んだ日本企業の業務に対して、経営者は業務の実態を把握できなくなっている。状況を正確に把握し、事業モデルの変更や事業の統廃合(M&Aなど)、業務の集約化やソフトウェアロボット(RPA)による代替、そのような経営の意思決定がスピーディーに行え、そして現行の業務に落とし込んでいく必要性がより高まっている。そのために標準化や可視化が必要であり、現場の説得を含め業務を変えていく際にERPに含まれるベストプラクティスは最高の拠り所である点は変わらない。
日本企業の世界における立ち位置
ここ数年、日本の企業や労働者の生産性について言及する専門家が増えた。それらの専門家が異口同音に言うのが日本の生産性が低いという点だ。かつて日本の強みとされた終身雇用、年功序列についても風当たりが強く、「ジョブ型雇用」が注目されるに至った。また、日本の「カイゼン」に対しても工場での評価は高いが、本社機能に対しては懐疑的だ。
また個人的にはグローバルビジネスへの歩みの遅さも懸念する。それは複数のグローバル展開している日本企業の経営層と話をした際の経験からだ。議論に挙がったのは、日本本社から海外支社へのガバナンスの在り方や、共通化業務と現地個別化業務の見直し、シェアードサービス化による集約などが多かった。これらの論点について海外企業においては20年前に実践されることが多かった印象を持つ。この失われた20年、ほかにも対応すべきことが多かったのだろうが、グローバルビジネスの進展については足踏みをしてしまったのではないだろうか。
一方で、海外企業はERPを「普通に」使いこなし、事業や組織の柔軟性を高めている。本社が位置する国や地域でのビジネスに固執することもなく、全世界で事業機会や成長余地を把握し、組織や能力を柔軟に適合させている。
これらの企業に事例訪問をすると驚くことがある。「ERPの導入や活用をどうやって成功させたのか」という問いを投げると回答がないのだ。キョトンとして「何を聞きたいのか」といったような疑問の視線を返してくる。「ERPをどのように活用しているのか」と聞き方を変えると、経営層や管理者層、現場がどのようにデータを見ているのかなど、多岐にわたり教えてくれる。彼らにとってERPがある世界は「普通」なのだ。逆に「ERPがなくて今の変化の激しい環境をどのように生き残っていくのか分からない」といった感想が出てくるほどだ。
Gartnerが提供するハイプ・サイクルというレポートをご存じだろうか。新しい技術は、一時的に過度な期待がされ、幻滅期に向かい、その後改めて安定期に向かう、というサイクルを図示しているものである。ERPに関わるトピックも過去のレポートで分析されてきた。それらを見ると、日本と海外での顕著な違いが分かる。
- 日本のERPの普及は海外に比べると10年ほど遅い
- 世界ではシングルインスタンスERPの普及が先行。これは、全世界の業務を単一のERPで実現するというもの。業務を完全に標準する必要がある
- 日本では2階層ERPの普及が先行。これは、本社と海外支社でERPを別々に構築し、それぞれを連携させるというもの。本社の独自性を維持できる
ERPを正しく導入する企業は次にどこに向かうのか
日本においてもERPを正しく導入している企業は、世界で海外企業と伍して戦うための経営基盤を持っている。非競争領域の業務が標準化され、発生源でデータ化されているため、即時に各事業や拠点の状況が分かり、M&Aなど組織の改編に対しても迅速に対応できる。
IT部門は既存システムの維持を軽量化できており、デジタル技術を活用して新しい業務の在り方やビジネスモデルに取り組む余力がある。ERPの次に打つべき一手がどこに向かうかは各社各様であろうが、その際に確かな基盤が必要である点は論をまたない。
ERPを正しく使うためには
まずは経営層にERPを必要としているか確認するところから始めるのがいいのではないか。幾つかの企業では「業務の標準化」「全体最適」「可視化」「リアルタイム経営」「データに基づく経営」といった効果への期待をもとにERPを正しく使っている。これが経営として求めていることなのか、それを改めて確認した上で文書化し、プロジェクトの旗頭としていく。内容は読んだ誰もが理解、共感できるものにし、自社の独自性があるかみ砕いた表現がいいだろう。
その上で、経営層をリーダーとするトップダウン体制を構築し、必要なスキルと労力を満たす社内外のチームを組み上げ、プロジェクトを推進していく。また同時に、各現場部門ではERPによって業務のやり方が変わったり、過剰サービスが削減されたりする。そのような変化に向けて意識変革を含むチェンジマネジメントも必要となる。
これらを遂行する能力が社内になければ、初回は外部企業に専門性を委託することになるだろう。ただその際にはプロジェクトにエース人材を投入し、次回は自分たちでできるようになることを目標としたい。
環境変化が激しい中、1回のプロジェクトで全てが最適になるわけではない。継続的な改善が必要であるし、今後も企業変革のプロジェクトは続くだろうから専門性をある程度内製化しておきたい。またERPも日々進化を続けているので最新のものを使いたい。クラウド形式であれば常に最新状態に自動的に更新されるので望ましい。
それと難しい点として残る点は、業務を効率化した際に、その業務を行っていた人の処遇をどのようにするかという点だ。日本企業は異動が容易なはずである。外資系企業と比較して雇用契約の観点から考えるとそうだ。
しかし、実態的には異動やリスキリングは容易ではない。雇用を守ることを是としてきた日本企業だが、このままでは雇用を守っても企業の存続が危うくなっていく。良い機会として異動やリスキリングを含めた働く人の変化への受容性を高めるチェンジマネジメントを推進していただきたいと願う。
過去の学びからプロジェクトの実行力を担保することが非常に大変であると分かっている。これまで情報システム部門が微に入り細に入り作ってくれた専用システムを使っていた業務部門から苦情が出るのだ。経営層が求める標準化や可視化の上で大敵となる、現場からの個別化の要求を管理していく必要がある。今は選択肢として、個別化の変更ができないクラウドERPもあるので、それを強制適用してしまうのも一つの方法だろう。
これらのことは、「言うは易く行うは難し」の典型であるが、前回述べた(1)ERP導入自体が目的、(2)現場での方針の歪み、(3)機能が不足、(4)社内の専門家不足、(5)変革に不慣れ――という課題を乗り越えるために必要なことである。