ENEOSマテリアルは、化学プラントに自律制御のAIアルゴリズム「Factorial Kernel Dynamic Policy Programming」(FKDPP)を正式に採用することに同意した。これは、同社の四日市工場にある化学プラントで1年間にわたる実証実験を行った成果に基づいているという。同実証を共同で行った横河電機とENEOSマテリアルが3月30日に発表した。
ENEOSマテリアル 桝谷昌隆氏
同日に開催された記者発表会では、ENEOSマテリアル 生産技術本部長 兼 生産技術部長の桝谷昌隆氏と横河電機 執行役員横河プロダクト本部長の長谷川健司氏が登壇し、同実証の成果と自律制御AIについて説明した。
同実証実験の対象となったENEOSマテリアル化学プラント(提供:横河電機)
同実証は、横河電機とJSRが行っていたが、2022年4月1日にENEOSマテリアルが承継し、実証を進めている。同実証では、合成ゴムの原料となるブタジエンプラントの蒸留精製塔の熱回収において分散制御システム(DCS)経由で手動操作しているプロセスをAI制御で自動化する。
実プラントでは、物理的・化学的な事象が複雑に影響する中での制御の難しさから、熟練運転員が介入するケースが多くあるという。また、PID制御やAPCを組み自動化していても、一時的な降雨による急な外気温の変化に対応するためなどの理由で、自動制御を中断し、熟練運転員が自ら設定値や出力値を変更しなければならないという課題があった。
そこで横河電機は、同社と奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)が共同で開発したFKDPPを活用した自動運転プロセスを提案。上流プロセスからの廃熱回収を駆動エネルギーにし、不足するエネルギーを蒸気で補塡(ほてん)する蒸留塔内を対象に、既存の制御手法が適応できず自動化できなかった箇所で、降雨や降雪などの急激な外的要因を考慮しながら、沸点の近い物質AとBを分け、物質Aを理想的な状態で効率的に取り出す制御を複数のバルブで行った。
三段水槽のAI自律制御デモンストレーション
横河電機 長谷川健司氏
この取り組みで重点を置いたのは「品質」と「省エネ」だと長谷川氏。「蒸留塔にはさまざまな化学成分が混在しており、温度分布を的確な分布にすることで必要な物質を取り出せる。すなわち、温度をいかに正確に保つかが一番の課題。そのときに、廃熱を利用するなど、社会に合うように省エネルギーや二酸化炭素(CO2)排出量を最小限にとどめるというのがポイントだった」
同実証実験は、2022年1月17日~2月22日の35日間連続制御をした後、定期修理の停止を挟み再稼働。修理後も問題なく同じAI制御モデルを使い、約1年間安定した稼働を見せた。両社は1年間の実証実験を通して確認できた効果を4つ挙げた。
まず、外気温が年間で約40度変化する中、影響を受けやすい制御箇所に自律制御AIを導入することで、液面制御と廃熱利用の最大化を実現したことだという。また、安定的に稼働し、厳しい出荷基準を満たした良品のみを生産した。
次に、品質と省エネを両立したことだ。自律制御AIにより、規格外品の発生で失われる燃料や人件費、時間がなくなると同時に、原料を効率的に製品にできるようになったという。さらに、従来の手動制御に比べて約40%の蒸気使用量とCO2排出量を削減した。
そして自律制御AIの導入により、運転員が24時間体制で頻繁に手動制御する必要がなくなった。15分に1回のバブル操作を解消したことで、人への負荷を低減し、安全性の向上につなげられたとした。
最後に、定期修理後も同じAI制御モデルを適用できたことで、プラントの状態変化があっても安定してAI制御モデルを稼働することを確認できたという。これら4つの効果を受け、ENEOSマテリアルは正式に自律制御AIを採用することに合意した。
約1年間の実証実験で確認できた効果(提供:横河電機)
桝谷氏は今後の展望として、「四日市のプラント以外のプラントでも自律制御AIを導入したい。今後、どのように展開したらよいかを社内で議論し、横河電機さんとも協力して進めていきたい」と話した。
長谷川氏は自律制御AIを化学プラントに導入する流れを説明。最初はプラント設計情報から対象のプラントモデルを作成し、プラントシミュレーターでAI制御モデルを生成。その後、過去の運転データやリアルタイム操業データをAIに学習させてモデルの信頼性や妥当性を総合的に評価する。運用面の安全を確保した上で実プラントに導入し、約1年間安定的に稼働するかを確認し本採用に至るという。
AI制御システム導入に当たっては、「利用時品質」「外部品質」「内部品質」など、考慮すべき要素を体系的に網羅する経済産業省の「AI信頼性評価ガイドライン」を活用。同実証の要求仕様の明確化やプロジェクトの進ちょく管理に有効に作用したという。長谷川氏は今回の実証について「プラントで実際に実証する機会を頂いたことが、AIの可能性の扉を開くことに大きく貢献したと感じている」とコメントした。
横河電機は、製造における安全や品質、収量、コストといった生産の既存条件のほかに、時代の流れとともに「CO2排出量の低減」や「働き方改革」など、複雑な社会要求が求められており、人の役割を「戦略を立て、AIに適切なKPI(重要業績評価指標)を与えていく」仕事に昇華させる必要があると述べる。
自律制御AIサービスの裾野を広げるため、同社では、さまざまな箇所に適用しやすくするため、汎用(はんよう)的に使えるシンプルなシミュレーターを拡充し、自律制御AIを適用しやすい環境を整備する。また、5Gやクラウド、エッジコントローラーを活用したリモート制御の環境を整え、「最適な制御をいつでも、どこからでも利用できる環境」を実現するという。
長谷川氏は、「AIを使うことでトランスフォーメーションを実現したい。運用面を自動化することで働き方を変え、人の持つ能力をクリエイティブに向けられるのではないかと期待している」と自律制御AIがもたらす変革について展望を述べた。