機械翻訳サービス「DeepL翻訳」を提供するDeepLの創業者 兼 最高経営責任者(CEO)であるJaroslaw(Jarek)Kutylowski氏が来日し、同社の方針などを説明した。
DeepLの創業者 兼 最高経営責任者(CEO)のJaroslaw Kutylowski氏
2017年に創業の同社は、AIコミュニケーション企業として、人・企業・コンピューターが言語の壁を取り払うことを幅広く支援。研究者、開発者、言語専門家からなる専門チームで、4月現在の従業員は500人を超える。有料版の登録者数は50万人以上で、過去12カ月の成長率は100%を上回り、登録法人数は2万社以上。
DeepL翻訳は、モバイル・デスクトップアプリ、ブラウザー拡張機能、ウェブ上の翻訳ツール、APIといった多様なアクセス方法を提供。Kutylowski氏は、利便性が重要であり、「DeepLを一日中使えるツールにするため」と説明する。ブラウザーでの利用を可能にするブラウザー拡張機能は「誇りに思う」と述べるとともに、APIの利用も企業で進んでおり、さまざまなツールと連携しているとした。
また、先ごろ発表された「DeepL Write」は英文の作成をサポートする。単語のスペルや文法などの正確さを向上させ、文章をより早く作成できるようにする。AIがテキストの言い換えを提示することから、クリエイティビティーの向上にも寄与する。DeepL Writeの開発は、ユーザーから得たアイデアがヒントとなっており、ユーザーは、DeepL翻訳を使って英文を別の言語に翻訳し、さらに英語に逆翻訳することで英文の向上を試みていたという。
DeepLは、製品に人間の脳回路を数学的に模倣したニューラルネットワーク技術を採用しており、インターネット上のさまざまなデータを使ってモデルを訓練している。その際、モデルを慎重に検証し、高品質な翻訳を提供できるようにしているとKutylowski氏。特に、DeepL Writeは、クリエイティビティーに関わるため、大規模なリサーチプロジェクトの実施により潜在的なバイアスを全て排除するようにしているという。
「DeepLはニュアンスをよく理解でき翻訳結果が滑らかであるとの評価があるが、その理由の一つには、最終的な品質を評価していることがある」とKutylowski氏。評価方法は、訓練中にどれだけ精度が向上しているかを見る科学的な測定と、他社サービスの翻訳文も含めて人がスコア付けするブラインドテストの2つがある。望ましくない結果が得られた場合、そのフィードバックをAIに盛り込むようにしているという。
AIに関する取り組みを見た場合、現在、生成系AIという新しい波が来ているが、AIによって人々が業務を進める方法が大きく変わりつつあるとKutylowski氏。AIがプロセスの自動化においてより強力な存在になることや、AIのサポートにより人がより効率的に行動できるようになることが予想される。前者の例としては、ウェブサイトのローカライズがあり、DeepLを使うことで自動での翻訳が可能となる。後者の例としては、コミュニケーションにおけるDeepL翻訳を使った翻訳やDeepL Writeによる文の執筆がある。
AIは人間にとって非常に魅力的であり、特に収益性の高い分野となると予測される。AI技術は今後数年で急速に発展すると考えられるが、現実のワークフローに組み込むには課題がある。「タスクに適切なAIを選択することは容易ではなく、今後さらに困難になる」(Kutylowski氏)
AIツールは性質的に複雑であり、品質の測定には難しさがある。AIの品質のバラつきを発見するのは容易ではなく、より複雑なタスクでは人間による評価は困難。また、AIツールの要件策定は難易度が高い。従来ツールのように成果を明確に定義することができず、安全性の制約も明らかでない。「自分の代わりに判断してくれる人がいても、その人を信頼するのが難しいように、AIもどう信頼すればよいのかという部分に課題がある」とKutylowski氏は述べる。
モデル作成者のミスや悪意によって、AIの行動パターンがユーザーの意図と一致しないことも考えられる。これらは人間に起因するものだが、AIの大規模な自動化と非生物的な性質は、これらのリスクを大きく悪化させる可能性がある。例えば、雇用に関する決定をAIに判断させる場合、特定の大学を出ていない候補者は排除するというバイアスがかかったAIがあり、そのAIを多くの企業が導入してしまったら、その大学の学生はどの企業からも採用を得ることができなくなる。「ハイリスクな環境においてAIがどう使われるかを注意深く見る必要がある」(Kutylowski氏)
そのため、「責任あるAI利用」を重要視しているとKutylowski氏。同社では、リスクを見極めつつ革新を加え、世界を改善するという正しい意図でのAI利用に向けた研究を進めており、社会にメリットをもたらすことを意識しているという。また、行政機関との対話も始めており、AI企業として自社の責任を理解しつつ、AIを社会に役立つよう使用するためのガイドラインの作成を進めているという。DeepLは欧州の企業なので規制には慣れているとKutylowski氏は語る。同氏は今回の来日に際し、自民党本部を訪問している。
AIの安全性に加え、DeepLは、データセキュリティでも取り組みを進めている。欧州に自社のデータセンターがあり、全てのデータは暗号化されている。翻訳された文章は、サーバーに一時的に保存された後に削除され、AIモデルの学習に顧客の文章が使われることはないという。
日本においてこれまでDeepLは、ユーザーのコミュニケーションがグローバルになるようこれまで支援してきている。日本はDeepLの導入が世界で2番目に多く、顧客数は数千社。
現在、日本には15人の社員がおり、今後も拡大する予定だ。7月には拠点をオープンすることが計画されている。データセンターを日本に開設する予定は現在ないが、欧州との接続速度改善を目的に専用線を設けることを検討中である。さらに、日本の同社顧客の多くは、欧州の規制が厳しいことから、データセンターの場所が欧州ならば大丈夫と考えているとKutylowski氏は付け加えた。