不確実性の時代に、アジャイル開発で向き合っていこう

第8回:デザイン思考、DevSecOps--単なる開発を超えて(前半) - (page 2)

岡本修治 (KPMGコンサルティング) 和田英樹 (KPMGコンサルティング) 新田明広 (KPMGコンサルティング)

2023-05-17 07:30

 一方で、日本でのデザイン思考の浸透度合いですが、図2でも示す通り国内企業での活用は15%程度にとどまっています。全社的に活用しているのは3%にも達していません。一時期はメディアなどで取り上げられる機会が多かったのですが、最近では話題になる機会も減り、検索キーワードの傾向を見ても、2005年ごろをピークに低迷が続いています。現在でもピーク時の半分程度の頻度しか検索に使われていません。それだけ、日本においては関心が薄く、年々検索件数のピークを指数関数的に更新している米国や世界の傾向とは異なる状況です。

 日本のデザイン思考への関心が低い傾向について吉成博士は、日本企業の産業構造や企業文化によるところが大きいとの見解を示していました。海外の先進的な企業では、ユーザーが求めるもの・ユーザーへの配慮を優先した製品づくりである「マーケットイン」が主流です。さらに、ユーザーが本質的に求めるものをさらに探求し、ユーザーの想定する以上のものを実現して、イノベーションと呼ぶに相応しい新しい提供価値を見いだしています。

 日本の産業界では、ユーザーを意識する必要性は認識しているものの、表面的な理解にとどまり、技術力を売りにした「プロダクトアウト」の考えがいまだ抜けきれていません。実際に、日本のメーカーが作る多くの製品は、目新しい機能はあるものの、必ずしも、ユーザーの困りごとをスムーズに解決し、新鮮な驚きを与える(デザイン思考で“ワオ(Wow)!の要素”と呼ばれる)ものではなかったり、直感的には理解しがたい、操作の手数を要する機能で、その手順を説明する重厚なマニュアルが付属していたりするというケースをよく目にすることでしょう。

 結果として、性能や機能が同じでも、海外企業のプロダクトやサービスに比べて魅力なく映り、業績にも影響しています。日本の産業は「プロダクトアウト」の考えから根本的に脱却しない限り、今後も世界から取り残されることになるという危機感を認識すべきです。そして、この状況を打破するためにも、「マーケットイン」の考えを根付かせるための1つの方法として、デザイン思考の手法や考えを深く理解し、ユーザーを中心としたものづくりの手法を、表面的ではなく実務で実践できるようにしていく必要があるのです。

言語化されていないニーズを明らかにする

 ユーザーのニーズを把握することについては、従来からの統計的な数字で状況を表したデータを利用したマーケティング手法だけでは十分ではありません。統計的なデータでは、個人の意見を丸めてしまい、個々の環境や状況が見えない一般化された情報になる傾向があります。このため、このようなデータを基にしたアイデアも特色のないものになりがちです。特にイノベーションと呼ばれるような画期的なアイデアを生み出す場合には、表層的な統計データを読み解くだけでは限界があるため、より洗練された手法を用いる必要があります。

 イノベーションといった話題になると取り上げられることが多いのがSteve Jobs氏ですが、彼はデザイン思考の有識者と深い親交があり、その考えに影響を受けていたとされています。そして、同氏の言葉で有名なのが「People don't know what they want until you show it to them. That's why I never rely on market research」(人々は欲しいものを見せられるまで、自身が何を欲しているのか知らない。だから私はマーケットリサーチを行ったことがないのだ)です。もう少し時代を遡ると、似たようなことが、自動車会社Ford Motorの創設者Henry Ford氏の言葉にもあります。「If I had asked people what they wanted, they would have said faster horses」(顧客に何が欲しいか聞いても、彼らはもっと早い馬が欲しいくらいしか言わない)。

 2人の実績のある実業家の言葉の意味は、顧客に話を聞き、その言葉に従うだけでは、本当のユーザーニーズに合致した革新的なアイデアを生み出すには不十分ということです。もちろん、アンケートなどで利用者の不満などを収集することは、新しいアイデアを生み出す上で必要な要素の一つではあります。ただし、顧客の言葉をうのみにするだけでは不十分ということです。顧客の言葉や行動から、顧客が自身でも伝えきれていないことや自身でも気づいていない本質的な解決すべき事項を見いだすことが重要なのです。

 このように、言葉では伝えきれていない事項を学術的な言葉では「暗黙知」と呼びます。暗黙知とは逆に、言葉(図なども含む)で説明ができている知識が「形式知」です。そして、この「暗黙知」から「形式知」にすることが、イノベーションの根源であると説いているのが野中郁次郎博士です。野中博士は、イノベーションに関連する論文を多数執筆していますが、博士らが提唱している「SECI(セキ)モデル」(図3)では、「暗黙知」と「形式知」を循環しながら、新たな知識を生成し、新たに得られた知識と他の知識を組み合わせることがイノベーションを生み出すことにつながるとしています。

図3:SECIモデル(「知識創造企業」 野中郁次郎と竹内弘高著、東洋経済新報社、1995を基にKPMG作成)
図3:SECIモデル(「知識創造企業」 野中郁次郎と竹内弘高著、東洋経済新報社、1995を基にKPMG作成)

 ただ、顧客の言語化されていないニーズを洗い出すこと、すなわち「暗黙知」を「形式知」に変えることは、並大抵のことではありません。なぜなら、顧客自身でも分かっていないので、顧客にいくら聞いても答えが出ないのです。把握するのが難しい暗黙知ですが、ユーザーを観察することで暗黙知を明確にしていこうとする一連の活動を、体系的に整理したのがデザイン思考です。デザイン思考を活用することで、暗黙知を形式知に変え、ユーザーの本質的なニーズを捉え、新しい提供価値を見出すことが可能になるのです。

ZDNET Japan 記事を毎朝メールでまとめ読み(登録無料)

ZDNET Japan クイックポール

注目している大規模言語モデル(LLM)を教えてください

NEWSLETTERS

エンタープライズ・コンピューティングの最前線を配信

ZDNET Japanは、CIOとITマネージャーを対象に、ビジネス課題の解決とITを活用した新たな価値創造を支援します。
ITビジネス全般については、CNET Japanをご覧ください。

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]