不確実性の時代に、アジャイル開発で向き合っていこう

第10回:大規模開発向けにスケールアップする - (page 4)

岡本修治 (KPMGコンサルティング) 新田明広 (KPMGコンサルティング)

2023-07-26 07:30

 理想は、10週間(おおよそ1四半期)の冒頭において、今四半期における目標を明確化し、ARTの活動を現実的な形に調整することです。その意味で、2日間の計画セッションは、各チームの依存関係、リスク、潜在的な課題の迅速な調整と解決を推進することと言えます。

 PIの10週間は2週間×4回のスプリントと、最後の2週間の安定化スプリントで構成されます。ARTをPIのケイダンスで運営していく上では、ARTを通じPIの目標達成を目指すリーダーであるリリーストレインエンジニア(Release Train Engineer:RTE)と、開発するソリューションの戦略的方向性を決めるプロダクトマネージャー、さらにARTによる開発活動を主に技術面から方向付けし、支援するアーキテクトおよびシステムエンジニアの果たす役割が重要です。

 SAFeは、アジャイル開発への移行を単なるアジャイルプラクティスの採用にとどまらず、組織そのものの振る舞い方に重要な変化をもたらすものと捉えています。従って、前述のARTの説明にあるような全体論的なアプローチに基づき比較的大規模な変革とアジャイルの実現を志向します。SAFeはこの移行をスムーズに行うために、John Kotter氏の「The 8-Step Process for Leading Change(変革の8段階のプロセス)」を基に考案された、13ステップの実装ロードマップを定義しています(図5)。

図5:SAFeの実装ロードマップ(出典:https://scaledagileframework.com/implementation-roadmap/)
図5:SAFeの実装ロードマップ(出典:https://scaledagileframework.com/implementation-roadmap/

 各ステップの詳細については出典元に譲りますが、SAFeの導入は、リーンアジャイルのマインドセットとSAFeのプラクティスがいかなるものか、実際に変革を推進する人たちと組織の幹部をトレーニングすることから始まります。全体論的なアプローチによる比較的大規模な変革であり、変革に取り組む上ではリーダーシップの強力なサポートとコミットメントが必要不可欠であるからです。この点に関しては、DAが個別の開発チームのコンテキストを重視するのとは対照的ですが、両者の特性を鑑みればいずれも理に叶っていると言えるでしょう。

「業界として取り組んでいかなくてはならないこと」

 筆者が初めてSAFeに触れたのは2014年のことで、当時はまだバージョン3でした。折しもアジャイル関連のイベントでLeffingwell氏が来日し、自らSAFeのトレーニングの講師を担当することが分かり、当時の上司に参加を勧められました。ほぼ1週間にわたるトレーニングであり、通常業務との兼ね合いや高額の費用に多少の躊躇を見せた筆者に対し、当時の上司は「これは今後業界として取り組んでいかなくてはならないことなのだから、余計なことは忘れ、とにかく受けてきなさい」と送り出してくれました。

 それまでもDAに基づいたアジャイル移行の支援を行ってきた筆者にとってアジャイルやリーンの考え方そのものはなじみ深い内容でしたが、前述の10週間のPIを想定した模擬計画セッションのワークショップや、第7回「モチベーションを生かし、力を発揮するためのリーダーシップ」で紹介したリーダーシップに関する一部内容は10年近くが経過した今も色あせない、示唆に富む刺激的な内容で強く印象に残っています。また、この研修のために近隣諸国から日本を訪れた受講者の、不確実要素に必要以上にとらわれずに適切な粒度で淡々と計画を作成していくアプローチは、筆者を含め、ともすれば細部にこだわり過ぎて本質を逸する日本人の技術者にとっては見習うべき点があるように感じました。

 また、Leffingwell氏との会話を通じ筆者がDAのプラクテイショナーであることが分かると、最終日に、SAFeのトレーニングの受講者に対してDAの概要を説明してほしいとの依頼を受けました。まるで道場破りのようなこの依頼に一瞬仰天しましたが、DAとSAFeに直接的な血のつながりこそなくとも、前述の通り遠い親戚のようなものであり、快諾しました。開発やビジネスのアジリティー向上に日々取り組む彼らやわれわれにとって、アジャイルは「業界として取り組んでいかなくてはならないこと」であり、DAとSAFeに正統も異端もないのです。

 注:Disciplined AgileおよびPMBOKはProject management Instituteの登録商標です。Scaled Agile FrameworkはScaled Agile, Inc.の登録商標です。

岡本 修治(おかもと・しゅうじ)
KPMGコンサルティング Technology Strategy & Architecture シニアマネジャー
外資系総合ITベンダーにおいて大規模SI開発をはじめ、ソフトウェア開発プロセス/ツール展開のグローバルチーム、コンサルティング部門などを経て現職。金融、製造、情報通信など業界を問わずITソリューション選定、開発プロセスのアセスメント(評価)と改善、BPR支援などさまざまな経験を有し、中でも不確実性の時代と親和性が高いアジャイルトランスフォーメーションを通じた意識改革、開発組織の能力向上支援をライフワークとし注力している。
新田 明広(にった・あきひろ)
KPMGコンサルティング Technology Strategy & Architecture マネジャー
SEからキャリアを始め、金融、公共、小売りなど幅広く業界を担当し、主に基幹系システムの刷新に携わる。新規事業のプロダクト開発では、ビジネス環境の急速な変化に対応するため、アジャイル開発とデザイン思考を活用し実践。これらの経験を基に、企業のアジリティを高める顧客起点の価値提供を志向したシステム開発手法の推進に取り組んでいる。

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