「デジタル競争力の向上」を経営戦略に掲げる企業が増えています。しかし、デジタルを武器にして世界を驚かせるような成果を挙げている日本企業は決して多いとは言えません。本連載(全3回)では、組織のデジタル競争力向上に「オブザーバビリティ(可観測性)」が果たす役割を、私なりの視点から紹介していきたいと思います。
経営者・事業部門は「ITと情報の価値」を理解しているか
ITはビジネスそのものである――という考えが、業種や業態を問わず多くの日本企業に浸透してきました。ITなくして企業・組織の活動は不可能であり、ものづくりやサービスなど自社の優位性をさらに強化するためにも「デジタル競争力の向上」は不可欠です。デジタル技術を活用して既存の業界の秩序やビジネスモデルを破壊するディスラプターと呼ばれる企業の出現や、世界的なパンデミックを通して、そうした実感を深めた方も多いのではないでしょうか。
情報処理推進機構(IPA)が発表した「DX白書2023」では、「デジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでいる」と回答した日本企業は69.3%に達し、米国の77.8%に迫る結果となりました。しかし、「経営者・IT部門・業務部門の協調ができているか」という問いに対しては、「できている」との回答が米国では80.1%であるのに対し、日本は40%にも届かない状況です。
日本において「DXに取り組んでいる」にもかかわらず、「DXが全社的な取り組みとして進展しない」のはなぜでしょうか。経営者や事業部門トップによるリーダーシップが十分に働いていないとすれば、原因はどこにあるのでしょうか。
これらの答えを見つけるためには、エンジニア(IT部門)と非エンジニア(経営者・事業部門)の「相互理解の不足」という現実を注視する必要があります。もう少し深掘りすると、ITがビジネスのあらゆる領域に行き渡りバリューチェーンの主役となっているにもかかわらず、「経営者・事業部門がITから得られる情報の価値に気づいていない」というのが私自身の認識です。逆に捉えるなら、エンジニアは自分たちが持っている情報の価値を経営者・業務部門に伝え切れていないとも言えるでしょう。
例えば製造業に目を向ければ、今日ではプロダクトの企画・製造・販売・サービスといった企業活動のあらゆる領域を、システムやその稼動を担うエンジニアが支えており、企業活動のバリューチェーンに欠かせない存在になっていることは疑う余地がありません。
上図は、あるグローバルフランチャイズチェーンを展開する企業における事例を概念化したものです。この企業では、IT部門が収集した情報を、社内外の幅広いステークホルダーに、それぞれのステークホルダーが利用しやすい形で情報共有する体制を整えています。非エンジニアは、提供された情報をそれぞれの意思決定に活用しています。非エンジニアはより有益で理解しやすい情報の提供をエンジニアに求め、エンジニアはフィードバックに基づいて提供する情報の価値を高める工夫を続けています。エンジニアと非エンジニアのより良いコミュニケーション・相互理解を実現している好例です。
部門や役割を越えた相互理解とコミュニケーションの重要性
エンジニアと非エンジニアの相互理解の問題に加えて、立場の違うエンジニア同士のコミュニケーションが円滑にいかない、という古くて新しい問題もあります。一例を挙げるなら、顧客向けデジタルサービスでの障害は1分1秒を争って復旧させなければなりませんが、システムの大規模化・複雑化により問題解決が困難なケースが増えています。原因解明が進まないジレンマから「開発エンジニアと運用エンジニアの相互理解」が破綻して、両者が責任を押し付け合うような例は珍しくありません。
また、多くの企業では、IT戦略の中核的な役割を担う情報戦略部門や最高情報責任者(CIO)といったポジションを置きながら、経営部門、事業部門、また最高技術責任者(CTO)の統括する技術部門などと部門を横断して連携を取りますが、ここでも各リーダーやエンジニアのコミュニケーションや相互理解が正しく機能しないと、「分業」ではなく「分断」になりかねません。
エンジニアと非エンジニアが緊密に協力し、開発エンジニアと運用エンジニアが優れたチームプレーを発揮するために、いま求められているのは、立場や責任範囲を越えて現状把握や評価に利用できる「共通指標」であり、円滑なコミュニケーションを可能にする「共通言語」です。
「共通言語」となる「オブザーバビリティ」
前置きが長くなりましたが、ここまで紹介してきた様々な問題を解決に導くテクノロジーがオブザーバビリティです。
オブザーバビリティは、経営者・事業部門に「ITが生み出す価値」を直感的に示し、IT部門/エンジニアには「自分たちが貢献したシステム機能やその品質」を定量的に表し、開発エンジニアと運用エンジニアが「協力してシステムの問題を解決するための情報」を可視化します。デジタルビジネスに必要な重要指標となる情報が、ダッシュボードなどを通じて即座に手に入るため、ステークホルダー全員が「共通指標」「共通言語」として利用できることが大きなメリットです。
このオブザーバビリティは、エンジニアと非エンジニアが一丸となってデジタルサービスやDXに邁進するためのプラットフォームとなるものです。第2回では、オブザーバビリティの有益性について、事例を交えてより具体的に紹介していきたいと思います。
- 小西真一朗(こにし・しんいちろう)
- New Relic 代表取締役社長
- アクセンチュアにて、国内大手製造業を中心にBPR/ERP関連プロジェクトを担当。エル・ティー・エス 取締役兼営業統括、セールスフォース・ドットコム コマーシャル営業本部営業部長等を経て、2018年10月よりオブザーバビリティプラットフォーム「New Relic」を提供するNew Relic 代表取締役社長。