秋山氏は、WEIRDへの偏りが研究結果にもたらす影響についても説明した。
「例えば、南アジアの女性はICT(情報通信技術)デバイスを共有せざるを得ない状況にあり、プライバシー問題に直面しやすい傾向がある。この場合には、求められるプライバー技術が異なる。また、多くのドキュメントが英語で書かれており、非英語圏では翻訳コストが追加で生じたり、英語のメールによるフィッシングに対するだまされやすさがあったりする」(秋山氏)
さらに、プライバシー制度の違いやセキュリティ技術への理解にも差があり、情報が少ない地域ではセキュリティに対する誤解もあるとした。非WEIRDが求めるプライバシー保護技術、セキュリティ技術が必要であるとし、「これらのギャップにより、国ごとに異なる課題が生じている可能性がある。そのためにさまざまな国を対象にした調査を行う必要がある。だが、現時点でこれを明らかにしようするとする動きが弱い点は問題だ。非WEIRDの調査を増やすことが大切。これは研究分野に対する警鐘になる」と提言した。
セキュリティ・プライバシー分野におけるユーザー研究調査の対象が西洋偏重になる理由についても考察している。
理由の1つは、論⽂著者の地理的な偏りだ。西洋諸国の組織に所属する研究者だけで執筆された論文が86.5%を占めたのに対して、日本人だけの執筆者による論文をはじめとした非⻄洋諸国の組織に所属する研究者のみで執筆された論⽂はわずか3%にとどまったという。「研究者の偏りが、ユーザー調査の偏りに直結している」(秋山氏)というわけだ。
もう1つの理由は、ユーザー調査に求められる⾔語的障壁になる。インタビューやラボの調査では、調査参加者と密なコミュニケーションが必要になるため、異なる⾔語の人々を調査しにくいという状況が影響している。
⻄洋偏重の理由
さらなる理由では、研究者が便宜的標本抽出法を採用する傾向が強い点だという。これは、地理的障壁や⾔語的障壁を避けるため、研究者自身がアクセスしやすい人たちを調査参加者として募集する傾向があるという点になる。秋山氏は、「『コンビニエンスサンプリング』とも言われるもので、自国の人々を対象にしたり、大学に所属する研究者が自分の大学の学生を対象に調査したりといった傾向がある」と解説する。
そして、オンラインアンケートが調査の主流になっている点も挙げる。「オンラインアンケートは、地理的な制約がなく調査を実施できるが、Amazon Mechanical TurkやProlificといった主要なアンケート調査サービスの参加者が米国や英国中心のため、結果として、偏りが助長されている」(秋山氏)という。
NTTとNICTサイバーセキュリティ研究室は、こうした研究対象者の偏りを是正するための新たなユーザー調査研究方法を提案した。1つ目は、複製研究の推進である。
「WEIRDな人々に対して実施した研究を、非WEIRDな人々に対しても実施する複製研究の推進により、地理的や文化的な差異などを明らかにすることが必要であり、そこから異なる課題を浮き彫りにすることができる」(秋山氏)
また、地理的・言語的障壁の克服も重要だという。そのための方法として、ユーザー調査の対象となる人々の国で利用されているローカルのクラウドソーシングサービスを活用すること、ローカルの⾔語、文化、環境を熟知した研究者との協業によって、研究者のダイバーシティー(多様性)を向上させることを提案した。
秋山氏は、「この提案が広く受け入れられることで、セキュリティ・プライバシー分野の研究におけるダイバーシティ&インクルージョンの向上が期待される」と述べている。
NTTとNICTサイバーセキュリティ研究室が提案する研究対象者の偏りを是正するための方法