組み込みソフトウェア大手のウインドリバーは10月29日、DebianベースのLinuxディストリビューションとなる「eLxr」の企業向け商用版「eLxr Pro」と導入支援や保守サポートなどサービスの国内提供を開始すると発表した。エッジコンピューティング領域を中心にクラウドまでの利用を見込んでいる。
同社は、米国で1981年に設立され、航空宇宙や防衛、産業や医療、自動車、通信などのミッションクリティカルシステム向けに、組み込み型OSの「VxWorks」や「Wind River Linux」、仮想化基盤「Helix Virtualization Platform」、開発環境「Wind River Studio」を提供する。IntelやTPGを経て、現在は自動車部品大手Aptivの100%子会社となっている。
同日の製品発表会に登壇した代表取締役社長の中田知佐氏は、企業向けLinuxに参入する背景として、エッジコンピューティング市場の拡大とAIやリアルタイム性の高い機器制御などの需要を挙げるとともに、6月末でサポートが終了した「CentOS 7」をめぐる企業向けLinuxの移行先の選択肢が求められていると説明した。
2024年7月にオープンソースプロジェクトとして開始された「eLxr Project」
同社は、20年以上に渡ってWind River Linuxを中心とするオープンソースソフトウェア(OSS)のさまざまな活動に取り組んでいるほか、Debianベースのソフトウェアについても通信システムを中心に世界的な実績がある。今回は、7月29日に韓国・釜山で開催されたDebianコミュニティーのカンファレンス「DebConf24」でのOSS版eLxrの提供およびコミュニティーの「eLxr Project」設立を受けて、同社が商用版のeLxr Proと各種サービスをグローバルに提供する施策の一環になる。
eLxrについて営業技術本部長の青木淳一氏は、定評あるDebianから派生したLinuxディストリビューションであること、ほかのLinuxディストリビューションに比較して組み込みシステムでも採用可能な軽量のフットプリントであることアップストリーム優先の開発方針であること、パッケージレベルで柔軟にカスタマイズできること、リアルタイム処理の「Preempt-RT」を備えること、セキュリティ脅威に対して極めて堅固であることなどを挙げた。
OSS版「eLxr」と商用版「eLxr Pro」の関係
OSS版「eLxr」と商用版「eLxr Pro」の差異
eLxr Projectは、同社のほかAmazon Web Services(AWS)、Capgemini、Intel、SAIC、Supermicroがスポンサードしている。青木氏は、こうした体制によりeLxrが完全なOSSとして透明性を確保しつつ、エッジからクラウドまでのワークロードを支える安定性や信頼性、リアルタイム性、カスタマイズ性、処理性能を有している点が強みだと説明した。
同社が商用版として提供するeLxr Proでは、エッジのゲートウェイやAI処理などのインテリジェントエッジ、携帯電話基地局などの分散型システム、中間集中処理などの地域データセンター、パブリッククラウド環境での利用を想定。データセンターに近い領域のx86ベースのシステムを対象にした「eLxr Server Pro」と、ゲートウェイやインテリジェントエッジなどでのArmベースのシステムを対象にした「eLxr Edge Pro」の2つをラインアップする。
想定する「eLxr Pro」適用領域。サーバー版はデータセンターに近いx86系システム、エッジ版は組み込み系領域に近いArmベースのシステムが対象という
有償サービスでは、顧客ごとのサービス合意水準(SLA)に応じたサポート、サポート対象パッケージのセキュリティを含む長期保守、パッケージ構成のカスタマイズやパフォーマンスチューニング、ほかのLinuxディストリビューションからの移行対応、認証の取得、トレーニングなどを提供する。特にパッケージ構成のカスタマイズは、Distro-to-Orderツールを用意し、コマンドラインベースで、YAML形式のマニフェストファイルによる構築や「apt2ostree」による構成管理などを可能としている。また、eLxr Projectでの先行開発を導入できるポータルも提供する。
中田氏によれば、まず国内ではeLxr Server Proから提供する。日本独自の施策として、クラウドサービス事業者やマネージドサービス事業者向けの「eLxr Pro Design Partner Program」を提供し、eLxr Proの最新状況やロードマップの共有、共同検証、日本市場ニーズのグローバルへの反映などを行い、エンドユーザー企業がクラウドサービス事業者やマネージドサービス事業者を通じてeLxr Proを導入、運用できるエコシステムを構築していくという。
eLxr Server Proおよびサービスは、仮想/物理サーバー1台当たりの年間契約のサブスクリプションになり、サポート内容に応じた2つのメニューをそろえる。標準メニューの「Enterprise」の料金は年間7万円から、Enterpriseの内容に加え高度なSLAに基づく技術サポートや通信事業者レベルのサポートを追加する「Priority」が同15万2000円からとなっている。
eLxr Pro Design Partner Programについては、現時点で複数の事業者が参加を調整中だという。また、パブリッククラウド環境におけるeLxrのサポートは、既にAWSが対応済みで、現在はMicrosoft Azureへの対応を進めている。今後ユーザーニーズに応じて、Google CloudやOracle Cloud Infrastructureなどのへの対応も検討していくという。
中田氏は、同社が主戦場とする組み込み系システム分野に近い領域に向けたeLxr Edge Proがメインになるだろうとする。だが、同社にとっては新規分野のデータセンター近接領域にeLxr Server Proを先行展開してCentOSからの移行需要を獲得し、“本命”のエッジコンピューティングのインフラシェアを確保していく戦略であるようだ。
併せて同社は、楽天シンフォニーとの協業も発表。楽天モバイルなどのモバイル通信業者のオープン無線アクセスネットワーク(Open RAN)システム向けにeLxr ProやWind River Studioなどのソリューションを提供していくことにしている。