企業セキュリティの歩き方

日本で起きている人手不足の当然の理由と活況な転職市場

武田一城

2024-11-11 06:00

 本連載「企業セキュリティの歩き方」では、セキュリティ業界を取り巻く現状や課題、問題点をひもときながら、サイバーセキュリティのスキルを向上させていくための視点やヒントを提示する。

 今回から数回にわたって、セキュリティ業界にいる人もそうでない人もそれなりに興味を持つことが多い日本の転職市場におけるセキュリティのポジションや動向について述べる。実は、筆者が社会人になった頃(今から20~30年前)は、まだまだ転職自体がそれほどポジティブに見られないことが多かった。それでも2000年代くらいから転職によるキャリアアップが常識となり、本連載でも何度か述べたように、セキュリティは今やIT業界の中でもすっかり人気のある領域となった。

 筆者も気が付けば、この業界で古参と言われてもおかしくない年月を過ごしてきている。その立場からするとうれしいと思う気持ちもあるが、「なんでこうなった?」と思ってしまう部分も少なからずある。そして、筆者が本業で取り組んでいるセキュリティ事業拡大のミッションにおいても、人材採用が大きな課題になっている状況でもあり、そういう意味では当事者として困っている状況だ。

 今回は、このちょっと最近おかしくなりつつもあると筆者が認識している転職市場におけるIT業界やセキュリティ業界の現状について述べていくに当たり、日本全体で起きている人手不足と活況な転職市場などについて述べる。

この30年間ですっかり人材の流動性が高くなった日本

 日本経済は、高度経済成長期から常に人手不足が問題だった。その対策として、世界でもまれな終身雇用の制度を確立した。このことによって就職した従業員の雇用が長期間守られ、安定した就労環境が当たり前の時代となった。高校や専門学校、大学などを卒業して企業に就職してしまえば、定年まで勤め上げる――このことが日本式経営の根幹となり、1950年代から1990年代前半まで常識だった時代が続いた。

 しかし、このようなことを現在の20代の方たちに言っても理解されることは少ないだろう。というのも、この日本独自の終身雇用による就労環境は、バブル崩壊後の「失われた○○年」と称される数十年間の中ですっかり消失し、今では過去の遺物だからだ。

 2020年代半ばの日本における就労環境は、終身雇用時代から就職氷河期やリストラによる構造改革を経て、現在のようなそれなりに流動性のあるものとなった。そして、数多くの業界の中で最も人材の流動性が高く推移した労働市場は、IT業界だと言ってよいだろう。

 人材の流動性とは、「転職やその他の手段を通じて、柔軟に仕事を変えることができるような状況」を指すという。先にも少し述べたように、かつての日本では、「新卒一括採用」「年功序列」「終身雇用」の3つがセットになっていた。この制度の下で、当時のほとんどの人の意識は、その職業に就くという意味での「就職」ではなく、その会社に所属すること——つまり、「就社」であったと言えるだろう。

 この日本独自の流動性の低い就労環境は、今や過去のものとなった。1990年代のバブル崩壊後の経済不況において、収益構造の悪化した多くの企業がまず実施したのは、その昔に「金の卵」とも称された新卒の採用削減だった。1990年代半ば以降は、有名企業でも軒並み新規採用の停止、または若干名の採用しかされない状況が散見された。

 しかし、新卒採用を絞っても利益を出せない企業は数多くあった。そして、それらの企業は、在籍している従業員すら養いきれない状況となった。その結果、多くの企業で「リストラ」と呼ばれる人員整理(人員解雇)が行われた。

 リストラは、英語の「Restructuring(リストラクチャリング)」を略した言葉で、企業の組織や事業構造自体を再構築・整理することを言う。当時のことを知らない人がこの話を聞くと、前向きな印象を持つ人もいるだろう。しかし、結局のところ、このリストラの実態は、欧米などで頻繁に行われるレイオフ(業績悪化の際に取られる人員整理手法)とほとんど変わらなかった。しかも、その多くが大規模な集団解雇であり、実質的な指名解雇でもあった。

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