AIは弁護士から仕事を奪うのか? 「AI法律相談」のすすめ

寺垣俊介(弁護士)

2024-11-14 07:00

(この記事は朝日新聞社が運営するポータルサイト「相続会議」からの転載です。)

 人工知能(AI)が急速に進化、普及する中で、弁護士のような士業にも大きな影響を与えると言われています。弁護士業務での活用事例や、一般向けのAI法律相談の可能性などについて、ネクスパート法律事務所代表弁護士の寺垣俊介氏が考察します。

1. 弁護士の筆者も検索エンジンからAIに移行

弁護士である私も最近は「Google」のような検索エンジンで検索することをやめ、調べ物はまず生成AIを活用しています。

法律に関する調査は、最後は法令の条文、過去の裁判例などがよりどころとなりますが、まず最初に生成AIを使うことで道筋を立てるのがスムーズになりました。

また、相談者の方が事前に生成AIで調べてきていることも増えましたので、私としてもAIだとどのような回答をするのか、ということは一応チェックしておきたいというのもあります。

生成AIで弁護士の仕事がなくなると言う人もいますし、弁護士の仕事が効率化されてさらに広がると言う人もいます。いずれも正解だと思います。

弁護士業務や法律相談に、AIがどのような影響を与えうるのか。現時点での私の考えを紹介します。

2. AIにより減る弁護士業務とは

書類作成や、法律に関する調査などAIの得意分野については、弁護士業務が減っていくでしょう。

2-1. 書類の作成はAIで
すでに生成AIで契約書を作成するという方は増えてきています。

例えば、業務委託契約書を作成したいという時に、その業務内容や自分の立場、その他諸条件をプロンプト(AIへの指示)を入力すれば契約書が出来上がります。

また、出来上がった契約書を自分に有利な内容になるように修正したり、中立にしたり、選択肢を示してもらうなど、さまざまな使い方があります。

弁護士資格のない方でも使い方を極めれば、それなりの契約書を作成したりレビューしたりすることが出来るようになります。そうなれば、契約書の作成を弁護士に依頼する必要性は減少するでしょう。弁護士の業務は、AIが制作した契約書を最終チェックすることとなるかもしれません。

2-2. 調査や質問をAIで 法的トラブルが減る可能性
法律に関する調査や質問をAIにするという人も増えています。

Google検索でももちろん調べることはできますが、自分の事案にピッタリ合った事案が見つかることはまれです。

生成AIであれば、まだそれほど精度は高くないものの、具体的な事案に対する質問にも回答をしてくれます。

この精度が上がれば上がるほど弁護士の仕事は減る可能性がありますし、効率化されてさらに広がる可能性も秘めています。

もっとも当面の間は、生成AIの回答が正しいのかどうかの最終的な判断はやはり弁護士がする、ということになるのではないかと思います。

ただ、米国では司法試験に受かるようなAIも出てきています。法律に関する調査はAIで完璧にできて、「弁護士はいらない」という時代が来るかもしれません。

例えば、AさんとBさんが法的なトラブルになっていたとして、AさんとBさんがそれぞれAIに質問をして同じ回答が出た場合、AさんもBさんも納得して問題を解決し、弁護士や裁判所が不要という世界になるかもしれません。

これにより、法的なトラブル、紛争自体が減る可能性があります。

3. 相続を事例に、AIによって減少する弁護士業務を考察

弁護士が扱うテーマの一つである相続について、AIが与える影響について具体的に検討してみます。

遺産の分け方について話し合う「遺産分割協議」は、簡単に言えば以下のような流れをたどります。カッコ書きにはその際に作成する主な書類を記載しています。

(1)相続人の調査、確定(家系図などの作成)
(2)遺産の調査、遺産の範囲の確定(遺産目録の作成)
(3)遺産分割の交渉(交渉文面や遺産分割協議書の作成)
(4)遺産分割調停や訴訟(調停申立書や訴状の作成)
(5)遺産の分配(預貯金・有価証券の解約や不動産登記の書類作成)

それぞれについて、どのような影響があるのか解説します。

3-1. 相続人の調査、確定(家系図などの作成)
遺産分割するには、そもそも誰がその遺産を相続する権利があるのかを調査し、確定する必要があります。

これについては、もともと弁護士が行わなくても、本人が役所の戸籍課で行った方が早い作業ではあります。今後は戸籍を読み込ませれば自動的に家系図が出来上がるようなAIも出てくるかもしれませんね。

3-2. 遺産の調査、遺産の範囲の確定(遺産目録の作成)
次に亡くなった人の遺産について、しっかりと調べる必要があります。

預貯金や不動産など、亡くなった人の遺産を「Microsoft Excel」のような表計算ツールにまとめて一覧化するということが多いです。

こちらもAIでやるというほどの作業ではないですが、今後は預貯金の残高証明書や不動産の登記簿を読み込ませれば自動的に遺産目録が出来上がるというようなAIが出てくるかもしれません。

3-3. 遺産分割の交渉(交渉文面や遺産分割協議書の作成)
相続人全員で、遺産を誰にどのように分けるか話し合い、その合意内容を遺産分割協議書という書類にまとめます。

交渉の文面や遺産分割協議書を生成AIを使って作成することが、今後ありえると思います。

また、交渉の過程での法律に関する調査においてもAIが活用されるでしょう。既に書類のテンプレートは世の中に出回っていますが、生成AIはそれを個別の具体的な事案に当てはめてカスタマイズしてくれるはずです。

これにより弁護士の仕事は減るかもしれませんし、楽にもなるかもしれません。

3-4. 遺産分割調停や訴訟(調停申立書や訴状の作成)
遺産分割の話し合いが決裂した場合、裁判所の調停や訴訟に進んでしまうことがあります。申立手続きや自分の主張の説明など、一般の人が自分で対処するのは難しい面もあるので、弁護士がサポートすることが多くなっています。

ただし、調停申立書や訴状の作成についても、生成AIで作れるようになっていくでしょう。調停や裁判の手続きの流れについてもAIが教えてくれると思います。そうすると「弁護士の仕事って何?」となってきますが、それについては後述することにします。

3-5. 遺産の分配(預貯金・有価証券の解約や相続登記の書類作成)
遺産分割協議が無事に終了しても、預貯金を解約するための書類の作成が面倒であったり、相続登記(相続した不動産の名義変更)の手続きを司法書士にお願いしたり、最後の最後まで気が抜けません。

書類は金融機関ごとに指定をされるので、金融機関主導でのAIによる効率化・便利化を期待したいところです。

以上見てきたところでは、やはりAIにより書類を作成したり、法令や手続きを調べたりという点で弁護士の仕事は確実に減ることが予想されます。

しかし、かと言って弁護士の仕事がなくなるかというとそうではありません。次に、どのような仕事がなくならないかを見ていきましょう。

4. AIでもなくならない弁護士業務

どれだけAIが進化をしても、主に以下の3つの場合については弁護士が必要とされ、弁護士の腕の見せどころになるでしょう。

  • 事実の認識について争いがある場合
  • 未知の領域を扱う場合
  • 対人コミュニケーションが重要な場合

それぞれについて解説します。

4-1. 事実の認識について争いがある場合
現在の生成AIは、「プロンプト」と言って、文章でAIに指示を与えたり質問をしたりする必要があります。

法的なトラブルがあった際に、AさんとBさんで事実に関する認識が同じなら、AさんもBさんも同じ内容のプロンプトでAIに質問をすれば、AIが同じ回答をする可能性が高いです。そうすればAさんもBさんも納得をして、弁護士を入れたり裁判をしたりするという可能性は低くなります。

しかし、AさんとBさんとで事実認識が異なる場合、AさんとBさんは全く違うプロンプトでAIに質問することになります。

そうすると、AIはAさんに対しては「Aさんが正しい」と言い、Bさんには「Bさんが正しい」と回答してしまう可能性が高いです。こうなると、AさんもBさんも自分が正しいと思っていて「相手が悪い」となり、これ以上AIは役には立たず、結局は弁護士沙汰、裁判沙汰となります。

このように、事実の認識について争いがある場合は、弁護士の仕事はなくならず、弁護士は事実に関する主張立証の技術や経験を磨くことが高い付加価値になります。

4-2. 未知の領域を扱う場合
AIは基本的に既にあるコンテンツから学習をしますので、学習材料のない未知の領域については弱いです。

法解釈や法的三段論法というのはある程度一般化でき、未知の領域にも応用できる可能性はあるものの、新しく制定された法律や、新しいビジネスや言葉が出てくる中で完璧な答えを出すのは非常に難しいでしょう。

従って、未知の領域はAIではなく弁護士の出番ということになります。弁護士としては未知の領域をAIよりも先に学習する必要がありますが、それが弁護士の大きな付加価値になるでしょう。

4-3. 対人コミュニケーションや交渉が重要な場合

よくAIでなくならない仕事の例として、スナックの店員さんが挙げられます。どれだけ便利な社会になっても、人とのコミュニケーションはAIでは務まらない大きな価値があると言われています。

逆に、法的トラブルを抱える方にとっては、相手方と「直接コミュニケーションを取りたくない」「誰かに代わりにやりとりしてほしい」というニーズがあります。

したがって、弁護士としては、まずは相談者とのコミュニケーションを大事にし、AIでは与えられない安心感や信頼を与えることに価値があります。また、弁護士が代理人として相手方との交渉を担当し、相談者・依頼者の方の負担をなくすということに価値があります。

これらはAIがどれだけ進化してもなくならない弁護士の価値です。

5. 相続を事例に、AIの影響を受けない弁護士業務を考察

相続の場合でも同じことが言え、AIでは対応できず、弁護士にしかできない業務があります。

5-1. 介護や生前贈与を巡る事実認識の相違

事実の認識についての争いは相続でもあり、「親の生前、私の方が介護など親の面倒を見ていたのか」とか、「兄は、私よりも多く生前贈与を受けていたはずだ」というようなケースがよくあります。

このような争いが生じた場合はAIで解決することは困難です。何が真実か証拠をそろえて適切な主張をするということはAIには難しく、弁護士の出番ということになります。

5-2. 頻繁にある相続に関するルール改正
相続に関する法律も頻繁ではありませんが改正されます。

例えば、2024年4月からは不動産登記法の改正により、相続登記が義務化されました。また生前贈与のルールも、2024年1月から変更されています。

改正後しばらくすればAIが学習するのに十分なコンテンツが蓄積されますが、それまではやはりAIは改正法を無視した間違った回答をする可能性があります。

AIの回答が本当に正しいのかという点については常に疑いの目を持っておくことが無難といえます。

5-3. 相続争いへの対応
相続のトラブルは親戚同士での争いになります。
既に昔から仲が悪かったから話したくないという人もいますが、相続をきっかけに仲が悪くなってしまったという人もいます。

いずれにせよ人間関係がこじれた相手とは直接話をしたくないものですし、話し合ったところでお互い感情的になっているので合意を得ることは困難です。

そこで弁護士に依頼をすれば相手方とのやりとりを全て任せることができます。この弁護士の代理人としての業務は、AIが取って代わることはできません。また、相続の悩みを人間である弁護士に聞いてもらうだけでも安心できるでしょう。

6. 弁護士がAIを活用する時代に

以上見てきたように、AIが進化すれば、紛争自体が減る可能性がありますし、紛争を弁護士に依頼しなくても自分で解決できるという人も増えてくる可能性があります。

しかし、AIの進化は弁護士にとっても法律に関する調査や書類の作成を効率化するという点で役に立つものです。

AI時代の弁護士の付加価値は、次の3つの能力によって生み出されるでしょう。

#箇条書きモジュール

  • 争いのある事実についての主張立証
  • 未知の領域への対応
  • コミュニケーションや交渉

弁護士は調べ物や書類作成などについてはAIを活用しつつ、付加価値を生み出せる項目に全力で取り組むべきだと言えます。

7. 相続トラブル時のAI活用のススメ

相続でわからないことがあったり、相続トラブルが生じそうになったりしたら、まずはAIを使って、質問したいことをプロンプトにして聞いてみましょう。

その答えが正しいとは限りませんが、少なくとも考え方のヒントにはなると思います。

相続を解決するためには、「自分でやらなければならない手続き」「自分でやろうと思えばなんとかなる手続き」「弁護士や司法書士、税理士に任せた方がよい手続き」など、いろいろあります。

AIで書類を作成できるようになれば、自分でできる手続きの範囲が増えることが期待できます。

しかし、その書類の内容が正しいか、恥ずかしくない内容であるかは定かでありません。交渉でまとまらない場合や調停や訴訟になる場合などは結局は弁護士に依頼するということがまだまだ一般的かと思います。

激しい争いにならないように、事前に弁護士に相談しておくということも有効です。

8. まとめ

AIの進化により法律に関する調査や質問への回答、書類の作成については効率化されていくでしょう。

これにより紛争自体が減る可能性や、紛争が生じても弁護士なしで解決することができる可能性が高まることは否定できません。

一方、AI時代に必要とされる弁護士は、(1)争いのある事実についての主張立証の技術や経験がある、(2)未知の領域への対応や学習を怠らない、(3)コミュニケーションや交渉の能力が優れているーーということになります。

一般の方が弁護士に相談される際には、自分でAIを使ってある程度調査した上で、上記の能力がありそうな弁護士を探して相談してみるのが有益です。相談は早くて損をすることはありません。

特に相続トラブルは、相手は当然親族ということになりますから、争いなどない方がよいに決まっています。問題が深刻化する前に、AIや弁護士を活用するとよいでしょう。

(記事は2024年11月1日時点の情報に基づいています)

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