デジタル岡目八目

コンテンツ共有のBoxが日本法人の売り上げなどの数字を公表するワケ

田中克己

2025-01-20 07:00

 「日本法人の比率は、売り上げが21%、ユーザー数が16%、従業員数が約10%、離職率は10数%」。文書や画像などのコンテンツやファイルをクラウド上で共有するソフトウェアサービス「Box」を展開する米Boxは、日本法人の業績などの数字を公表する。クラウドサービスをはじめとする米ITベンダーの多くが日本での売上比率を5%程度にとどめている中、同社は日本市場で業績を大きく伸ばしている。Box Japan 代表取締役社長の古市克典氏にその秘策を聞いた。

Box Japan 代表取締役社長 古市克典氏
Box Japan 代表取締役社長 古市克典氏

 2005年に設立したBoxは、クラウド上に置いたコンテンツやファイルを、どこからでもアクセスできるようにする。特に複数のSaaSを活用するユーザーが増えたことで、各SaaSのファイル保管を一手に引き受けて、API経由で使えるようにしたことが需要を拡大させたという。SaaSごとに異なるセキュリティ運用ポリシーを一つにできることや、クラウド上に保管できる容量を無制限にしたことも受けたようだ。

 容量だけではない。2025年1月に提供開始した最上位ライセンスの「Enterprise Advanced」では「Azure OpenAI Service」などの各種生成AIや言語モデルも使い放題にする。こうした中、同社の売り上げは10億ドルを超し、ユーザー数は11万5000社になる。一方、日本での売上比率は2020年1月期に約10%、2021年同月期に約14%、2022年同月期に18%、2023年同月期に19%、2024年同月期に21%とどんどん高まる。本社の売り上げが10%以上伸び続けているため、日本法人はそれを大きく上回る成長を遂げていることになる。しかも円安が落ち着けば、その比率はさらに高まるだろう。

 63歳の古市氏は「(米本社は)日本企業が何を求めているのか敏感」とし、新商品の開発における、いわば“パイロットユーザー”にもなっているという。確かに、日本の国内総生産(GDP)が世界の10%超を占める時代においては、米ITベンダーは日本企業の要望をよく聞き、次の新製品に機能を盛り込むなどした。それが10%を切り、そして5%を割った今、全くと言っていいほど聞かれない。

 古市氏によると、好調な理由はほかにもある。1つは、Boxのサービスが「コラボレーション」「協業」「チームワーク」を加速させるものだということ。これは「日本のカルチャーに合っている」という。またセキュリティに敏感なこともあり、データ保護とコンプライアンスの仕組みを充実させている。

 もう1つは組織体制にある。多くの米国企業は日本法人の組織を機能ごとに縦割りにする。そのため、日本法人の社長は営業だけの責任者で、マーケティングやエンジニア、サポートなどのチーム長は本社の各担当責任者にレポートすることになる。日本は本社が決めたことを実行する末端の組織ということだ。「そうなると、連携がしづらい」と同氏は指摘する。例えば、少人数にもかかわらず、忙しい部署や困っている人を他部署や社員がサポートしたいとなっても海の向こうは認めない。「支援してもいい」と言ったとしても、評価はしないのだという。

 そこで古市氏は、「横連携できる仕組みにするために、成長している間、私に全体を見させてほしい」と本社に依頼した。同氏の経歴からも分かることがある。大学卒業後、NTTに入社し、経営企画やマーケティング、人事などを担当する。その後、外資系の経営コンサルティング会社、さらに米セキュリティベンダーの日本法人社長を務めた。

 加えて「日本企業のありように関心、興味を持っている」(同氏)とし、上場会社とスタートアップの社外取締役を兼務する。日本の大手だけでなく、中小、さらに外資系の特徴を理解しているということ。日本法人社長に就いた営業一筋の元IBMなど外資系大手の経験者とは異なる経験を積んできたともいえる。もう1つ大きな違いがある。2013年に日本法人を立ち上げる際に、古市氏は米国本社の契約社員になり、法人登記まで担ったという。それから10年超、日本法人は社員1人から約240人になり、古市氏自身は社長を続ける。まれなケースだ。創業時から最高経営責任者(CEO)を続けている創業者のAaron Levie(アーロン・レヴィ)氏の古市氏への信頼、期待もあるのだろう。

 日本法人はさらなる事業拡大に向けて、中堅・中小企業の開拓を強化する。古市氏は「大手は大事で注力するが、市場拡大の余地は中堅・中小企業にある」とし、中堅・中小を担当する営業担当者を増員する一方、販売パートナーに対して、中堅・中小企業への販売強化を支援する。また「業界リーダーが何を使うのか慎重に様子を見ている企業が多くある」とし、大手の事例紹介を積極的に行うことで、Box導入を促す策も打ち出す。

 コンテンツやファイルの同期共有からスタートしたBoxは、安全にコンテンツを共有することからコンテンツへのAI活用へと進む。最終的には全てのファイルを参照し、次に開発すべき新サービスを提案できるようにするという。「まだSFの話だ。ゴミのファイルがあるので、的外れな答えを出すからだ」と古市氏。それを解決するポータルなどを投入し、適切な文書を集め、AIの知見を生かす方法を編み出し、新たな段階に向かうという。

田中 克己
IT産業ジャーナリスト
日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。

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