中国では、大手銀行をはじめ多くの企業がオンライン面接を導入しており、応募者を絞り込むために面接用AIを活用して一次面接を実施するケースも見られる。こうした企業の動きに対し、受験者の間では、面接担当者の質問に対して即座に回答例を生成するAI活用サービスが出回っている。
このサービスは表向き、本番の面接前にシミュレーションを重ねることで、面接に慣れ、自信を持ってスキルを向上させるためのツールと位置付けられている。ユーザーの履歴書データを読み込み、その内容に基づいてカスタマイズされた質問が生成されるため、履歴書に詳細を記述するほど、個人に合った実践的な練習が可能となる。また、ユーザーの回答に対するフィードバック機能も備えている。
確かに、面接に限らず、試験の相手が人間でなければリラックスできるというケースは存在する。例えば、中国では、車載AIで運転技能を判定する自動車学校があり、「試験官がいないことで緊張せず試験に臨める」という受講生の声も聞かれる。
では、こうしたAI面接練習サービスはどうか。本物の面接担当者よりも友好的で偏見がなく、面接プロセスが公正で気楽だというメリットが挙げられる一方、「他人とのコミュニケーションというよりは自己対話に近く、なんとも気まずい気持ちになる」という声も聞かれる。
表向きはAI面接練習ツールとされているが、実際にはオンライン面接でのAIカンニングツールとして、ECサイトで販売されている。ツール自体の価格は1~100元だが、数十~数百元(日本円で数千円程度)を課金することで、より専門的な対応やリモートでの個別指導といった、実践的で手厚いサービスを受けることが可能だとうたわれている。
売れ行きの良いショップでは、就職活動中の大学生を中心に、月に数千件もの注文があるという。商品の説明によると、これらのツールは「DeepSeek」や「GPT-4o」といった最新の生成AIを活用しており、中国で広く利用されているインスタントメッセンジャーである「騰訊会議(Tencent Meeting)」「飛書(フェイシュー)」「釘釘(ディントーク)」などに対応している。オンライン会議中にAIが即座に回答例を生成する機能を提供しており、中には英語や日本語など多言語に対応した製品も見られる。AIを使って入社試験を突破しようとするこうしたカンニングツールは、就職戦線が厳しい昨今、まさに「わらにもすがりたい」受験者にとって魅力的に映るだろう。
こうした不正の現場を見つけると、中国メディアはしばしば記者自ら危険を冒したり金銭を投じたりして体験取材を行っている。そのため、AIを使った面接対策サービスの体験記も既に複数報じられている。
採用側は試験での不正防止のため、PCやスマートフォンの内蔵カメラで正面を撮影するのに加え、受験者の背後にもウェブカメラを設置するのが一般的だ。これに対し、ツール提供業者は、特に背後のウェブカメラに映らないよう、受験者にひざ上などカメラの死角となる位置にスマートフォンを置くよう指示する。中には、外から見えにくい超小型のBluetoothイヤホンを装着するよう求める業者もいる。面接が始まると、AIが音声を分析し、画面や音声で回答例を出力する。受験者は提示された回答例を見たり聞いたりして応対する。これにより、合格ラインの回答を出せたケースがある、と中国メディアは報じている。
オンライン面接におけるAIサポートによって、受験者側が有利になったとも解釈できるだろう。しかし、生成AIには得手不得手がある。標準的な問題にはもっともらしい回答を出せる一方、個人的な経験に関する質問には人間味のある回答を生成するのが難しいケースが多い。また、カンニングツール利用者は、目線がよく特定の場所に動くという傾向があるとも指摘されている。
また、たとえAIの助けでオンライン面接をうまく通過できたとしても、その後に控えるオフラインでの対人面接で真価が問われる。ある企業の人事担当者は、「AI面接でさまざまな知識を披露していても、対面になれば化けの皮が剥がれるだろう」とコメントしている。AIがAIを打ち負かすという構図は興味深いが、結局のところ、後で不整合が生じたり能力不足が露呈したりするリスクは高い。
ツール提供業者は、オンライン面接だけでなく、オンライン試験向けのAI回答ソリューションも提供しているという。企業が不正防止のため専用のクラウドサービスで試験を実施する場合でも、受験者が仮想マシンに専用のAIサービスを導入すれば、不正を検知されることなくAIが問題の回答例を出す仕組みになっている。「上有政策、下有対策(上に政策有り、下に対策有り)」という言葉があるように、多くの中国メディアがAIカンニング問題を指摘した以上、今後、不正を防ぐ側と不正を行う側との間でいたちごっこがさらに激化すると予想される。
- 山谷剛史(やまや・たけし)
- フリーランスライター
- 2002年から中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、ASEANのITや消費トレンドをIT系メディア、経済系メディア、トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に『日本人が知らない中国ネットトレンド2014』『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』など。