アドビの文書管理・編集ソフト「Adobe Acrobat」は、AIファースト戦略のもとで進化を続けている。30年以上の歴史を持つAcrobatと、同社が開発したPortable Document Format(PDF)は、デバイスやシステムの制約を越えて情報を共有するためのテクノロジーとして広く普及している。現在では、PDFは膨大な知識を蓄積する重要な役割を担っており、近年では社内システムなどに保存されたPDF情報をいかに効果的に活用するかが、企業にとって大きな課題となっている。
この状況について、アドビ Document Cloud プロダクトマーケティングディレクターの山本晶子氏は、「近年、AIの進化に伴い、蓄積された知識をAIで効率的に再活用し、新たな価値を創造するという形でPDFの役割が変化してきている」と語る。同社は2月、この流れに対応する生成AI機能「Acrobat AIアシスタント」の日本語版を一般提供した。
Acrobat AIアシスタントは、Acrobat(および「Acrobat Reader」)のワークフローに組み込まれた、新しい対話型のAIエンジンになる。PDFだけでなく、「Word」や「PowerPoint」、会議の議事録など、さまざまな形式のデジタル文書の内容を効率的に理解することを目的としている。山本氏は「ドキュメントと対話するように情報を得ることで、必要な情報を素早く入手できるようになる。大量のドキュメント全てに目を通す必要はなく、内容を理解して簡単に要約を手に入れられる。そして、そこから得られた情報を基に報告書や資料を作成するなど、AIを活用して知識の再利用を迅速化することこそが、Acrobatが提供する新たな価値になる」と説明する。
同氏によれば、Acrobat AIアシスタントは、大量の情報を分析・理解し、それを業務で再利用する場面で広く活用されている。具体的には、研究開発、マーケティング、リサーチ、営業、法務部門など、多岐にわたる部署で導入が進んでいるとのこと。
特に、法務部門における契約書の比較や、出版社での原稿内容の把握・キャッチコピーの考案といった多様なユースケースが生まれている。契約関連のように高い正確性が求められる場面でも有効であり、アトリビューション(出典)が付与され、ハルシネーション(偽情報の生成)の懸念が少ないため、安心して利用できる点が強みである。
山本氏は「Acrobat AIアシスタントの活用により、各部門の業務効率が飛躍的に向上し、より戦略的で付加価値の高い活動に時間を充てることが可能になる」と強調。例えば、Pfeiffer Consultingのレポートが示すように、財務領域では報告書の作成時間を従来の3分の1にまで短縮し、長期予測や予算編成といった戦略的な財務計画により注力できるようになった。
法務領域では、法的見解書の作成時間が約1時間から約9分に短縮され、専門的な能力開発や複雑な問題対応に専念できる。マーケティング領域ではブログ記事の執筆時間が約3分の1になり、最新動向の把握やキャンペーン展開に集中できるようになる。また、人事領域では情報共有にかかる時間を76%削減し、人材獲得・育成といった戦略的な人事施策に注力できるほか、研究開発領域ではプレゼンテーション作成時間を大幅に短縮することで、コアとなる研究活動や新しい技術・手法の探索により時間を割けるようになる。
Acrobat AIアシスタントの強みとして、山本氏は、ユーザーが指示した特定のドキュメントの情報のみを用いて回答を生成する点を挙げる。この仕組みにより、さまざまな情報源を参照する一般的な生成AIサービスと比較して、情報の出所が明確で、高い正確性と信頼性が確保されると力説する。
「アドビの高度なドキュメント解析技術に裏打ちされているため、生成される情報は非常に正確であり、どのドキュメントのどこからその情報が引用されたのかが明確に示される。このため、利用者は提供される情報を全面的に信頼し、安心して業務に活用できる」と山本氏は述べる
特に、データのガバナンスや透明性を重視するエンタープライズ企業にとって、自身が管理するデータソースから情報が取得できることは、セキュリティとコンプライアンスの観点から大きな安心材料となる。加えて、Acrobatのアプリケーション内で回答生成が完結し、別のアプリケーションを立ち上げる必要がないことも、利用者にとっての利便性と安心感につながっているという。
AI技術は目覚ましい速さで進化しており、中でもAIエージェント(エージェント型AI)が大きく注目されている。Acrobat AIアシスタントも、今後はエージェント機能を強化していく予定となっている。
Acrobatでは、今後数カ月のうちに、エージェントにリサーチアシスタントや営業アシスタントといった特定の役割を割り当てることで、文書の分析や質問への回答に加えて、さらなる調査領域の提案など、ユーザーの作業を手助けするカスタムエージェントの作成が可能になるとのこと。
「ユーザーがプロファイルを設定することで、AIエージェントがアシスタントとして機能し、プロジェクトに必要な情報収集やコンテンツ作成といった、より包括的で複雑な作業を処理できるようになる。これにより、人間側の労力は最小限に抑えられ、指示を与えるだけで完成に近い成果物を得られることが期待できる。例えば、営業提案資料の自動作成といったように、AIが強力なサポート役となる新しい働き方が実現するだろう」(山本氏)
アドビは、「Creative Cloud」「Document Cloud」「Experience Cloud」という主要なクラウド製品群を核として、これらをAIプラットフォームで連携させることで、その競争力をさらに高めている。特に、過去に蓄積された企業資産のAI活用や、業務の自動化を求めるエンタープライズ企業のニーズに応えるための機能開発に力を入れている。
また、「Adobe Firefly」や「Adobe Photoshop」といったクリエーティブ機能とビジネス系製品との連携も極めて重要視しており、「これまで外部の専門業者に委託していたような高品質な資料なども、ビジネスユーザー自身が簡単に作成・編集できるようになることを目指している」と山本氏は述べる。
「AIの役割は、人間の仕事を奪うことではなく、むしろルーチンワークや無駄な作業時間を削減し、より創造的な業務に人間が注力できる環境を整えることこそが重要である。そのため、IT活用の観点からは、安全性や透明性、そしてハルシネーションの少なさが極めて大切となる。ユーザーが安心して利用できる、信頼性の高い製品開発は、今後もアドビにとって不可欠な取り組みとなる」(同氏)

アドビの山本晶子氏