SAPは米国時間5月19~21日、フロリダ州オーランドで年次イベント「SAP Sapphire&ASUG Annual Conference Orlando 2025」を開催している。20日の基調講演では、エグゼクティブ・ボードのメンバーで会長 兼 最高経営責任者(CEO)を務めるChristian Klein氏が登壇し、不確実な時代にいかにしてAIから効果を引き出すかについて、同社の見解を示した。
アプリ、データ、AIの「フライホイール効果」:ベストオブブリードからスイート・アズ・ア・サービスへ

SAPのChristian Klein氏
Klein氏は単独CEOになって5年目、Sapphireのステージに立つのは4回目(コロナ禍により2022年はオンラインのみ)となる。その同氏が最初に触れたのは「不確実性」である。関税、地政学的な情勢、規制、気候変動、さらにはAIをはじめとする技術の進展など、われわれを取り巻く環境は不確実性を増している。「SAPは、企業が耐性を得て競争力を高められるよう、その能力を最大限に引き出す支援を行う」
SAPはAI時代に向けて、ポートフォリオの構築を急ピッチで進めている。SAPは自社のAIを「ビジネスAI」と称しており、2024年2月に発表した「SAP Business Data Cloud(BDC)」により、アプリケーション、データ、AIという3つの技術要素がそろった。これにより、好循環を生み出し投資効果を増加させる「フライホイール効果」をもたらすことができるという。

SAP Business Suite
Klein氏は、「SAPは業界で最も幅広いアプリケーションを擁しており、これらのアプリケーションが豊富なビジネスデータをもたらす。この豊富なデータを活用してパワフルなビジネスAIを開発し、それをアプリケーションに組み込むことで、次のサイクルが回る」と説明する。
関税への対応について、SAPは具体的なデモを披露した。まず、最高財務責任者(CFO)が「SAP International Trade Management」などを用いて関税リスクを分析し、各地でのコンプライアンスを自動調整し、データに基づき正しい対応を選択する。次に、最高収益責任者(CRO)が「SAP Sales Cloud」「SAP CPQ」、SAP BDCなどを用いて関税リスクを考慮した成長戦略を立案する。続いて、最高執行責任者(COO)がサプライチェーンシナリオを自動作成し、「SAP Business Network」を通じて調達を行い、最後に最高人事責任者(CHRO)が新たなビジネス計画に基づき、「SAP SuccessFactors」や、今回のイベントで発表されたBDC上のアプリケーション「People Intelligence」などを用いてスキルギャップを特定し、人材を確保する。これらの操作のほとんどは、SAPのAIアシスタントである「Joule」によって行われた。

デモの様子
これは、それぞれの立場の担当者が同じデータで連携し、リアルタイムに行動することで、急なリスクに迅速に対応できることを示している。
エグゼクティブ・ボードのメンバーでプロダクトエンジニアリング責任者を務めるMuhammad Alam氏は、エンドツーエンドでシームレスに統合されたアプリケーションスイート、高品質で統制の取れた、意味のあるデータに基づいたモデルを提供するデータレイヤー、アプリケーション内に組み込まれていたAIが、これらを下支えしていると説明した。

SAPのMuhammad Alam氏
しかし、多くの企業はそのような状態からは程遠いのが実情だ。アプリケーションはバラバラで、多大な費用と労力を費やして統合している。Alam氏は、「リソースの80%が、アプリケーションとデータの統合という表面下の見えない作業に費やされており、表面上の価値創造にはわずか20%のリソースしか充てられていない」と指摘する。
これではフライホイール効果は得られない。必要なのはベストオブブリードのアプローチではなく、「スイート・アズ・ア・サービス」、すなわち「新しいSaaS」であると同氏は付け加える。
インフラがコモディティー化していく一方で、アプリケーションレイヤーは企業の基幹業務を担うため重要性が高いが、AIの普及に伴ってコモディティー化が進むと予測される。では、真の価値はどこから生まれるのか。Alam氏は、それは「組織全体にわたるエンドツーエンドのコンテキストから生まれる」と指摘した。これを実現するためには、中核となるシステムを簡素化し、イノベーションを推進する必要があり、SAPはその解決策として「SAP Business Suite」を位置付けている。
Sapphireでは、フライホイールの3要素(アプリ、データ、AI)において、新機能や機能強化が発表された。
1つ目の「AI(ビジネスAI)」に関して、Klein氏は「SAPの目標は、エンドユーザーの生産性を30%改善させることである」と述べ、AIアシスタントのJouleがSAPのインターフェースとなってこの目標を実現していくとした。「エンドユーザーはもはやERPシステムの奥深くに入り込んでタスクを実行する必要はない。Jouleを通じて自然言語で操作し、回答を得て、行いたいタスクを実行できる」