「ひとり情シス」の本当のところ

「ひとり情シス」のストレスチェック後対策(前編)--見過ごされる初期症状と企業の対応格差 - (page 2)

清水博 (ひとり情シス協会)

2025-05-29 07:00

ITトラブルが引き起こす負のスパイラル

二次的な問題の発生

清水:やはり仕事が忙しい人が多いので、健康診断後の再検査も行かない人が少なくありません。メンタル系はなおさら、自分でも認めたくない気持ちもあるでしょうから、なかなか足が向かないかもしれませんね。

高井:現在は、働き方改革も進んできています。また、静かなる退職という言葉もあるので、症状の発見も遅いのかもしれません。特にうつ病は身体症状の陰に隠れて見えにくいため、内科などを受診しても見逃されてしまうことがあります。疾患の特性や本人の生真面目な性格により、遷延化し受診まで長期化している傾向があるので、リスクは増加している可能性があります。

清水:確かに、そうなると自覚症状も分かりにくいですね。

高井:小さい変化は必ずあるのですが、見過ごされることが多いです。しかし、仕事上もそれまでとは異なることが出てくるはずです。イライラして怒りっぽくなったり、人間関係に極度に敏感になったり、今まではしなかったミスが重なるなどのサインが出ていると思います。いら立ちや対人面の過敏さは社会的孤立を招きやすいので、関係部署への連絡や確認が漏れたりします。

高井順子先生
高井順子先生

 IT職種は段取りが重要と言われていますが、ちょっとした連絡漏れが大きな事故につながっているとお聞きします。二次的な問題として顕在化するわけですが、これが深刻な影響を持ちます。「ミスをしてしまった」などのストレスが、ご本人の罪責感・自責感を強め、症状が長期化、重症化していきます。この「自分が悪い」という凝り固まった思考は変化しにくく、薬物療法だけでは、治療反応性が低く、回復までに長期間を要するケースが増加します。

 思考面の問題は、認知行動療法が有効とされています。「非機能的思考」と呼ばれる個人にとって役に立たず、むしろ悪影響を与える考え方や思考パターンをバランスの取れた柔軟なものに変化させていくことを目標にします。

清水:私も何度もITトラブルに遭遇しましたが、一瞬にして業務が止まります。そして、営業部から怒号が聞こえ、取締役の秘書から状況説明をするようにと連絡が来ます。生きた心地がしませんでした。本当に起きてほしくないことですが、真の当事者へのストレスは計り知れません。

IT特有の風土

清水:IT技術者のメンタルヘルス対策については特に留意すべき点があると思います。IT業界には独特の職業特性があり、それに応じた支援が必要ですね。

高井:IT技術者の方々には、心理的支援において特に配慮すべき特性があります。一つには「言語化が難しい」という点があります。技術的な問題は論理的に説明できても、自分の感情や心理状態を言葉で表現することが苦手な方が多いように感じます。

清水:確かにそうですね。さらに「自分の状態に気づきにくい」という特徴もあります。ITプロジェクトの終盤はいろいろなことが起きますので、自分の心身の状態を客観視する余裕がなくなり、周囲の人にも自分の状態が伝わりにくくなってしまいます。

高井:さらに複雑化することとして、IT技術者は、技術的ジャーゴン(部外者には理解できない専門用語や業界用語)を多用してしまうことです。ジャーゴンの過剰使用は「知っている人」と「知らない人」を分ける境界線として機能してしまいますので、IT技術者が自ら率先して強固な境界を築いてしまいますので、正常なコミュニケーションができない土壌を自ら作ってしまいます。

清水:IT技術者は、自分で徹底的に調べて解決策を探る傾向があるので、「相談が苦手」という点もあるような気がします。そのため、ストレスチェックで高ストレスと判定されても、面接指導の申し出につながりにくいケースが多いと感じています。

高井:それに加えてIT技術者の行動様式として「何事にもこだわりが強い」ことや「軽微な問題は先送りする癖がある」との特性も、メンタルヘルス対策の障壁になり得ますね。完璧を求めるあまり休息を取らない、あるいは「忙しさが落ち着いてから」と対策を先送りにして、メンタルヘルス対策を結果的に深刻化させるケースもあります。これらの習慣には注意してほしいです。

(後編に続く)

清水博
清水博(しみず・ひろし)
一般社団法人 ひとり情シス協会
早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス)におけるセールス&マーケティング業務に携わり、米ヒューレット・パッカード・アジア太平洋本部のディレクターを歴任、ビジネスPC事業本部長。2015年にデルに入社。上席執行役員。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手掛けた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネスを倍増させ世界トップの部門となる。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。2020年定年退職後、会社代表、社団法人代表理事、企業顧問、大学・ビジネススクールでの講師などに従事。「ひとり情シス」(東洋経済新報社)、「ひとり情シス列伝」(ひとり情シス協会出版)の著書のほか、ひとり情シス、デジタルトランスフォーメーション関連記事の連載多数。産学連携として、近畿大学CIO養成講座、関西学院大学ミニMBAコース、大阪府工業協会ひとり情シス大学1日コースを主宰。

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