ストレスチェック後のフォローが重要である現在、前回の対談では、「見過ごされる初期症状と企業の対応格差」「ITトラブルが引き起こす負のスパイラル」などのテーマで実態をお聞きできました。今回は、ストレスを抱える方の不安と実際の問題の重篤度の関係性について、現場の専門家である群馬県高崎市のカウンセリングルーム・エンカレッジ室長である公認心理師/臨床心理士の高井順子先生に経験に基づいた見解を求めました。

ひとり情シス協会の清水博氏(左)と公認心理師/臨床心理士の高井順子先生
デジタル世代に響くカウンセリング手法
自己理解と安心感の向上
清水:カウンセリングを受けて問題ないと判定されることも多いものですか?
高井:はい、相談に来る方は深刻に考えていますが、お話をすることでスッキリと元気になる方は多いです。自分一人で考えていると堂々巡りになって不安が増大してしまいますが、第三者との対話を通して少し客観的に見られるようになります。「意外と大丈夫だった」と安心できたり、「できていないと思っていたけれど頑張って対処できている」ことに気づいて自信につながったりします。
このポジティブな自己評価は、将来的なストレス対処への自信も高めます。気持ちが安定することから、以前よりもパフォーマンスが上がるという研究報告もあります。多くの一流アスリートもメンタル施策を実施している理由です。
清水:確かにビジネスパーソンは会社の査定はありますが、メンタルな状態に関してはケアされているわけではありませんね。
高井:カウンセリングでは、対話を通じて「現在の仕事の状況」や「周りの環境」、および「自身の心身の健康状態」を客観視できます。また心理検査を受検した場合、返ってきた検査結果を一緒に見ることで、自分でも自覚していなかったストレスの度合いや、ストレスの原因を知ることができるのも利点です。しかし、健康診断と同じで心身の状況は変化しますので、定期的にカウンセリングを受けることをお勧めします。
メンタルもデジタルを活用
清水:お話をお伺いしていますと、IT技術者は早期に気づいてアクションを取るのは苦手なようですね。だから、昨日まで何も問題ないように見えていたIT技術者が、突然会社に来なくなり、人知れず退職することが起きるのですね。
高井:そうした特性があるため、IT技術者に対しては、カウンセリングの中で、より具体的な質問項目や、数値で自分の状態を把握できるような工夫が効果的です。そのため、私は徹底的に心理検査を活用し、ストレス対処行動のパターンや気分状態などを数値で示し、デジタルとしてのデータを客観的に理解してもらうことに努めています。
清水:なるほど。IT業界に従事する人は、文学的なアドバイスより、常にエビデンスベースを信じてしまいますね。
高井:データは臨床現場や研究で活用され、効果測定や個人のストレス状態の変化追跡に役立ちます。ただし、ストレスは主観的な体験でもあるため、数値だけでなく個人の質的な体験も重視することが重要です。その体験をさらにデジタルで裏付けています。
また、IT技術者は「チャットやメール」など非対面のコミュニケーションを好む傾向もあります。特に初期段階では相互の距離感の構築が重要です。カウンセリングにおいても、初めからリアルな対面面談ではなく、メールのやりとりをしながら徐々に言語化に慣れることと、心理的ハードルを下げていくようにしています。
AIの脅威
清水:大きなIT展示会ではもう8割ほどがAI関連です。「AI 2027」という論文の未来予測シナリオでは、AIへのコントロール感の喪失と心理的抵抗、アイデンティティーの問題としての人間性の再定義など、未知のストレスとの遭遇で人間の心理に様々な影響を与える可能性があるとしています。
高井:テクノ不安症(テクノフォビア)は、新しい技術に対する恐れや回避を意味する言葉です。一般的な嫌悪感から、より深刻な恐怖までさまざまな程度があります。なかなかなじめない人が無理に使いこなそうと悪戦苦闘するうち、肩こりやめまい、動悸(どうき)、息切れなど自律神経失調の症状や、うつ気分などが現れるようになるものです。
清水:解消する方法はあるのでしょうか?
高井:まず、感じている不安は決して特異なものではないことを理解してください。テクノ不安症は、新しいテクノロジーに対する恐怖や不安を表す正当な心理的反応です。テクノロジーの急速な発展に対して、不安を感じるのは自然なことなのです。AIの登場は今までよりインパクトがあるかもしれませんが、それは多くの人が感じていることです。
また、同時に自身のスキル評価は、テクノ不安症の原因を特定するのに役立ちます。スキルを高めるための計画を立案し、段階的に進めていくことで不安に向き合えるようになります。