第2のケース:従来のマネジメントスタイルを踏襲
アジリティー向上の鍵は、課題や目標に最も近い現場に権限を委譲し、一つ一つの判断の速度を上げることである。これによりチームの学習速度は上がり、さらなる改善のサイクルが回りだす。この方法はチームの自主性や自律性を重んじることになるため、アジャイル開発では、マネジメント層の役割を従来のコマンドアンドコントロール型(現場への指示と統制による管理)からサーバントリーダーシップ型(現場の判断を尊重し実行をサポート)へと変革する必要がある。プロダクトオーナーの判断を信じて開発する機能や優先度付けを任せる、開発チームでは解決が困難なものをマネジメントレベルで解決する、顧客をチームに紹介するなど、「下支えする役割」へのマインドチェンジが求められる。
この変化を理解せずにスクラムを導入した場合、チームにはマネジメント層への従来型の報告が求められ不必要な作業に忙殺される、マネジメント層の好みが優先され顧客が求めていない機能がプロダクトに追加されるなどといった事態が散見されることになる。結果としてチームは疲弊し、プロダクトも顧客に十分な価値を提供できずに失敗に終わってしまう。
このケースを避ける方法は以下の通りである。
スクラムにおけるマネジメント層の役割は、チームの「コントロール」からチームへの「サポート」に変わる。チームが自律的に動けるようになるために、マネジメント層はコーチングをしながら気付きを与えて、チームの成長を後押しする。最も現場に近いチームが変化を察知できるようになること、その変化に対応できるようになることこそが、アジリティー向上のためには重要である。
この変化のためには、マネジメント層に対する教育が必要になってくる。従来であれば計画を立て、進捗(しんちょく)を管理し、計画との隔たりが発生した際には、対策を講じて計画通りに進むよう是正するのがマネジメントの役割だったが、アジャイルではチームの成長を妨げる要因を取り除くことが役割となる。マネジメント層は自身の役割の変化を学び、主にチームへのコーチングを行うことで、チームの自律性とアジリティーは向上していく。
チームレベルで対応できるものは素早くチームで対応し、マネージャーはより大きな範囲、例えば、チーム間にまたがる課題や、組織のルールがアジリティー向上の妨げになっているといった課題に集中するべきである。

出典:PwCコンサルティング
今までのマネジメントスタイルからの脱却には長い時間がかかるだろう。長期にわたってマネジメント層への継続的な教育や支援が必要となる。また、権限移譲の範囲もチームと継続的にコミュニケーションを取り、チームが無理なく成長できる範囲で段階的に行うことが重要である。
まとめ
アジリティー向上の鍵は、現場のスキルおよび自律性の向上である。これを実現するには、チームに学習の時間と支援、自律性を育むために権限を与えることが重要となる。そのためには、組織レベルにおいても現場レベルにおいても多くのことを変える必要がある。既存のしがらみやルールなどとの整合を取ることは無視できないが、最優先すべきはアジリティーの向上と、その結果としてのビジネスバリューである。
アジャイル導入を名前だけの変更など表面的なやり方にとどめるのではなく、原理原則を理解した上で導入してほしい。

- 鈴木直
- PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
- 新卒で外資系IT会社に入社後、メディア業界の顧客を中心にシステム構築プロジェクトをアーキテクトおよびプロジェクトマネージャとして多数リード。その後、外資系クラウドベンダーに移り、コンサルティング部門にてクラウド活用による企業の変革支援を数多く実施。日系のメディア企業に移り、情報システム部門担当者として組織変革を実施した後、2021年にPwCコンサルティングに入社。現在は、クラウドやアジャイルを活用したデジタルトランスフォーメーションを推進するコンサルティングに従事。

- 佐野友則
- PwCコンサルティング合同会社 マネージャー
- 通信事業会社を経て、PwCコンサルティングに入社。エンジニアの経験をベースに、組織へのクラウド導入、アジャイル導入を多数推進。現在は基幹系システムのモダナイゼーションプロジェクトに従事。

- 谷村祐樹
- PwCコンサルティング合同会社 マネージャー
- 通信事業会社にて新規サービス開発のSREエンジニア、スクラムマスターの経験したのち、PwCコンサルティング合同会社に入社。現在は組織のクラウド戦略の策定支援、SRE高度化支援、アジャイルコーチングなどのプロジェクトに従事している。