山谷剛史の「中国ビジネス四方山話」

中国深センの学校で導入の電子ホワイトボードに猛抗議--児童の視力低下や教育現場の課題

山谷剛史

2025-06-09 07:00

 中国の深センの小学校で電子ホワイトボードの導入が児童の視力低下を招いたと保護者から苦情が相次ぎ、これが契機となって電子ホワイトボードによる視力低下問題が浮上した。ある保護者は学校の保護者会で教室の最前列の端に座った際、斜めから見る電子ホワイトボードの光の反射が激しく、集中して画面を見ることができなかったと述べている。その結果、視界がぼやけ目が疲弊し、児童の目の健康に悪影響を及ぼす可能性を危惧したという。

 短い授業時間の後で目の痛みを訴えて帰宅する児童が見受けられ、小学校に入学してから視力が著しく低下した児童も存在した。中国の高校生は、写真で見る限りほとんどが眼鏡を着用しており、これは日々の学習時間の長さによるものとも解釈できる。しかし、小学校入学後に視力が急激に悪化したケースにおいては、授業のデジタル化が多かれ少なかれ影響を及ぼしていると判断できる。

 テレビやディスプレーを購入する際によく話題になるように、部屋の広さと画面との距離は密接に関係しています。画面サイズが大きくなるほど、適切な視聴距離も長くなるのが一般的だ。現在、中国ではディスプレーの大型化と価格の低下が進んでおり、学校に導入される電子ホワイトボードも例外ではない。50インチ、60インチ、70インチと大型化している。

 しかし、教室の広さや生徒の人数は変わらないまま、70インチ・フルHD解像度の電子ホワイトボードが設置されているのが現状だ。このサイズに適した視聴距離はおよそ2.2〜4.2mとされるが、最前列の児童はそれよりもずっと近い距離で画面を見ることになり、視力への悪影響、特に近視のリスクが高まる。さらに、保護者からの指摘にもあるように、視聴角度の条件も非常に悪く、視認性に問題があるケースも見られる。

 深セン市は「全国のスマート教育をけん引するモデル都市」を目指し、数億元規模の設備投資を行った。その一環として、2016年には市内全ての小学校・中学校・高校に電子黒板を導入した。深センはこの分野での取り組みが早かったものの、政府の五カ年計画の後押しもあり、2020年には中国全土の教室における電子ホワイトボードの普及率が95%を超えたとされている。

 そのため、今回のような問題は深センに限らず、江蘇省や四川省など他の地域でも見られるようになっている。各地の保護者からは、子どもたちに視力の低下や背中・首の痛み、さらには電子機器による酔いといった健康被害が出ているという声が寄せられている。

 中国では10代の近視率が53.6%に達しており、小学生の近視率も年々上昇しているというデータがある。例えば、四川省楽山市のある小学校では、授業の約80%で電子ホワイトボードが使用されており、導入前には24.12%だった生徒の近視率が、導入後には50.51%にまで増加したという具体的な統計も報告されている。

 こうした状況を受けて、保護者たちは子どもの視力への影響を懸念し、日本をはじめとする他国では今も黒板が使われていることを独自に調査した。そして、黒板を使った従来の授業スタイルへの回帰を求めて、政策に対する抗議の声を上げるようになった。この保護者の動きは深センにとどまらず、中国全土へと広がりを見せている。

 学校に電子ホワイトボードが導入されたことで、教師にとっては授業の利便性が大きく向上した。例えば、プレゼン資料や動画を使って補足説明ができるようになり、内容をより分かりやすく伝えられるようになった。また、生徒が提出した宿題の回答を比較しながら説明することも可能になった。

 算数や数学の授業では、グラフの動きや三角形・円錐(えんすい)などの2次元・3次元図形を画面上で動かして視覚的に説明でき、基礎的な教養を視覚的に理解させる場面でも活用されている。さらに、間違えた問題の解説では、電子ホワイトボードの画像を使って知識のポイントや解答のプロセスを示すことで、これまで説明が難しかった内容も生徒にとって理解しやすくなった。

 こうした利点があるため、今さら黒板に戻るという選択肢は、教師にとっても現実的ではなくなっているのが実情だ。

 要するに、教師や生徒が電子ホワイトボードの使用に慣れた現在では、それを活用した授業の方が学習効果が高く、成績も向上する傾向がある。一方で、使用しない場合には理解度や成績が下がる傾向が見られる。また、電子ホワイトボードの使用時間が短くなると、関連する予算が削減される可能性もある。

 さらに、一部の学校では、電子ホワイトボードの導入に当たって、一定の使用頻度を契約条件として機器メーカーと取り決めているケースもあり、そもそも使用時間を減らせないという報道もある。

 こうした背景を受けて、深セン市では授業における電子機器の使用時間を全体の30%以内に抑える方針を打ち出した。しかし、実際にそのルールが守られているのか、また使用時間の記録が正確に管理されているのかについて、保護者の間では不信感が根強く残っている。

 今回の問題をめぐっては、次のような意見が聞かれた。「メディアは、見た目が先進的であれば注目されやすく、前向きな報道をしがちだ。電子ホワイトボードも、教育のデジタル化を象徴する存在として、あたかも黒板とチョークに代わる理想的なツールであるかのように受け入れられてきた。しかし、本当にそれが最善の選択だったのか、十分に検討されたのだろうか。電子ホワイトボードは、子どもたちの学びを加速させる手段なのか、それとも将来の視力低下を引き起こす“時限爆弾”なのか、慎重に見極める必要がある」

 また、「情報化の流れはもはや止められない」とする声がある一方で、「むしろ情報化を制限することこそが、子どもたちを守る唯一の方法だ」と主張する人もいる。こうした議論は、デジタル化の影響が家庭に直接及ぶ中で、子どもを持つ多くの中国の保護者に深い問いを投げかけている。

山谷剛史(やまや・たけし)
フリーランスライター
2002年から中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、ASEANのITや消費トレンドをIT系メディア、経済系メディア、トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に『日本人が知らない中国ネットトレンド2014』『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』など。

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