日本企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)の成熟度が一向に向上しない。情報処理推進機構(IPA)が2025年5月に公表した「DX推進指標 自己診断結果 分析レポート(2024年版)」によると、DX推進の成熟度は6段階中、1.67(平均値)だった。2022年版の1.19、2023年版の1.26に比べると高まっているように見えるが、経済産業省がDXレポートを発表した翌年に公表された自己診断(2019年版)の結果は1.43だった。成熟度は横ばい状態ということ。経産省が同レポートで指摘した、DX推進の課題を解決できていないことに大きな要因がありそうだ。
IPAの成熟度は、「未着手」のレベル0から「グローバル競争を勝ち抜ける」レベル6までの6段階ある。1.67は、レベル1「部門単位での試行・実施」とレベル2「全社戦略に基づく一部の部門での推進」の間となり、低いレベルといえる。「全社戦略に基づく継続的に実施する」のレベル4以上の企業は、1349件中18件にすぎない。

DX推進指標の成熟度レベルとその定義(出典:IPA「DX推進指標 自己診断結果 分析レポート(2024年版)」)
もちろんDXを推進したい企業はあるが、経営視点からは「投資意思決定、予算配分」「評価」「人材の融合」「KPI(重要業績評価指標)」「人材育成・確保」に、IT視点からは「IT投資の評価」「競争領域の特定」「ロードマップ」「破棄」「体制」にそれぞれの課題がある。投資の評価や人材育成・確保は10年も20年も前から指摘されていたことだ。経営者らがデジタルを駆使したビジネスモデルへ変革しようという意識がないともいえる。
IPAのデジタル基盤センター・デジタルトランスフォー・メーション部DX推進グループ・グループリーダーの田中雅也氏によると、経営者らがDXの必要性を理解しているかが焦点だという。別の言い方をすれば、今はDXをやらなくてももうかっているので、取り組む必要性を感じないということ。経営者に危機意識がないということだ。
また、大企業と中小企業の指標に差がある。平均値は大企業の2.30に対して、中小企業は1.40と低い。意識だけではなく、デジタルに取り組むための投資と人材の不足などの課題がある。中小企業の経営者が、AIがそれを克服できることを知れば活用は急速に進むだろう。クラウドが登場した折、小さな投資で大企業のメインフレーム並みの処理能力や情報武装を可能にし、いつでも必要なだけコンピューティングパワーを安価に調達できるようになった。生成AIはそれをさらに確実なものにする。
米報道によると、中小企業の約4割がAIツールを導入し、マーケティングなどで成果を上げ始めているという。中には、コード生成やバグ修正などを行うAI搭載のコーディングアシスタントを導入した小規模なチームが、大規模なチームと同等かそれ以上の開発生産性を実現した例もある。こんな成功事例が広く伝われば、中小企業のAI活用がビジネスを拡大、成長させる。新しいビジネスの創出もあるだろう。中小企業の経営者に気付かせるのは、IT企業の役割でもある。
実は、DXレポートは「2025年の崖」という副題をつけ、DXの足かせになるとするレガシーシステムの刷新を迫っている。同時に、IT企業に請負の受託ソフト開発からクラウドベースのサービス提供型への構造改革を促した。ITやデジタルの活用へとツールは進化し、投資金額は増えているにもかかわらず、ユーザー企業に明確な投資効果が現れていない責任はIT企業にもある。
IT企業のビジネスモデルと人材の評価にも問題があるのだ。経済産業省 商務情報政策局 情報技術利用促進課 課長の内田了司氏は「スキルが評価されるわけでもないし、年収が上がるわけでもない」と語り、スキルを身に着けたIT人材らをきちんと評価する必要性を説く。そのためにもスキルを可視化し、評価されるように「情報処理技術者試験」などのIT資格も見直し、シラバスを年内に作成する計画。IT産業向けの人材育成から全ての事業会社向けの人材育成へと進化もさせる。人材の流動化を促す狙いもあるという。
DXレポートでは、IT企業に属するIT人材がユーザー企業に転籍したり、ユーザー企業が育成したりすることで、ユーザー企業のIT人材を増やすことも提言した。しかし、多くのIT人材がIT企業に所属したままだ。これが、DXがなかなか進まない原因の1つと言われている。同レポートでは、IT業界にITエンジニアの給与を平均600万円から2025年に1200万円にし、優秀な人材を育成・確保することを説いた。営業利益率は10%を超えたのに、いまだに600万円超で推進しているありさまだ。
IPAの調査によると、IT企業だけではなく、ユーザー企業もIT人材不足を10年以上も前から課題に挙げている。解消には、少人数でDXを推進する体制や仕組みを構築すること。そのためにもスキルを高く評価する必要がある。IT企業がスキルを評価しないのであれば、ユーザー企業が高く評価することで優秀な人材が集まる。人材育成のプログラムも整備することで、デジタル企業へと変貌する。デジタルをリードする主役の一日も早い交代が期待される。

- 田中 克己
- IT産業ジャーナリスト
- 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。