先週は、Appleファンが「Worldwide Developers Conference」(WWDC)のあらゆるニュースに夢中になったが、Appleの偉人の1人が亡くなったことを忘れてはならない。Bill Atkinson氏が米国時間6月5日、すい臓がんで死去した。
Atkinson氏の影響はAppleをはるかに越える範囲に及んだ。同氏のグラフィックライブラリーへの先駆的な取り組みは、Appleの「Lisa」と「Macintosh」のインターフェースの実現に寄与した。現代の全てのグラフィカルユーザーインターフェース(GUI)は、Atkinson氏から多大な影響を受けている。だが、同氏の影響力はそれだけにとどまらず、「HyperCard」ソフトウェアは初期のウェブブラウザーの枠組みを築き、現在使用されている全てのブラウザーにその影響が残っている。
同氏がこうしたイノベーションに取りかかる前、AppleのSteve Jobs氏は必死でAtkinson氏を同社に引き入れようとしていた。Walter Isaacson氏が執筆した伝記「スティーブ・ジョブズ」によると、Atkinson氏は当初、Appleへの入社の誘いを断ったため、Jobs氏はAtkinson氏に飛行機のチケットを送って自分のもとへ呼び寄せ、3時間かけて口説いたという。
Jobs氏はAtkinson氏にこう語った。「波の先端でサーフィンをするところを想像してほしい。非常に爽快だ。では、その波の後ろで犬かきをするのはどうか。比べものにならないほどつまらないだろう。ここに来て、宇宙に衝撃を与えよう」。この言葉がAtkinson氏の心を動かした。
テクノロジージャーナリストのSteve Levy氏がMacの歴史をつづった書籍「マッキントッシュ物語:僕らを変えたコンピュータ」によれば、Atkinson氏はMacのプロトタイプの画像をLevy氏に見せて次のように語ったという。「言葉と写真を隔てていた壁が崩れた。これまで芸術の世界は神聖なクラブだった。高級な陶磁器のようなものだ。これからは日常的に使うものになる」。同氏は正しかった。
Atkinson氏の不朽の功績は、AppleのコンピューターLisaとMacintoshのGUIの基礎を築いたことに集約される。これらのイノベーションが登場する前のパーソナルコンピューターは、テキストベースのインターフェースと難解なコマンドラインが主流だった。Atkinson氏の「QuickDraw」ソフトウェアライブラリーは、形、画像、テキストを画面上に滑らかに表示する技術的な原動力となり、今ではおなじみのアイコン、ウィンドウ、メニューがある疑似「デスクトップ」を実現した。
同じく初期の主要なMac開発者であるAndy Hertzfeld氏は、QuickDrawが「初代Macintoshの技術で最も重要な要素」だと考えており、その理由について、「ピクセルをフレームバッファー内で驚異的な速度で動かして、称賛を浴びるユーザーインターフェースを作成」できたからだと述べている。
高速で洗練されたQuickDrawにより、重ねて表示するウィンドウや、スムーズなグラフィカル操作が可能になった。これは、Appleの初期の技術における「至宝」とされた偉業だ。Atkinson氏はQuickDrawにおいて、データ構造の概念である「リージョン」も導入し、複雑なウィンドウの管理を可能にした。
メニューバー、プルダウンメニュー、ダブルクリック、投げなわ選択といったGUIの定番機能を発明または普及させたことも同氏の功績だ。Atkinson氏の細部へのこだわりは、角の丸い長方形「RoundRect」にまで及び、これがAppleのビジュアルデザインの象徴となった。
Atkinson氏の同僚で、米ZDNETに寄稿しているDavid Gewirtz氏は、筆者にこう語った。「どんなコンピューターやデバイスで画面上のピクセルを動かすにしても、そこにはBillのDNAが宿っていると言える」。Atkinson氏は確かに、パーソナルコンピューティングの父の1人だった。