三菱電機は、エッジデバイスで動作する製造業向け言語モデルを開発した。
同社のAI技術「Maisart(マイサート)」の成果の一つに位置付けており、独自の学習データ拡張技術などによって、ユーザーの用途に最適化した回答生成を実現。産業機器や産業用PC、ロボットなどのデバイス上で言語モデルを動作させることで、製造業におけるさまざまなユースケースへの適用が可能になるという。三菱グループ社内や、社外での概念実証(PoC)を開始し、2026年度までに、製品への適用を目指す。

エッジデバイスで動作する製造業向け言語モデル
三菱電機 情報技術総合研究所AI研究開発センター 言語処理技術グループマネージャーの斉藤辰彦氏は、「言語モデルの多くはクラウドで運用されることが多いが、情報漏えいやセキュリティの課題のほか、通信が遮断された環境では利用できないこと、即時性の高い処理が行えないこと、ランニングコストが高いといった課題がある。エッジデバイスやオンプレミス環境下での生成AIの利用ニーズは、今後増加すると考えており、そのためには、モデルの圧縮が必要になる。タスク特化による学習を行うことで、軽量化しても性能が劣化しないようにしている」と説明。「計算リソースに制約がある環境や、顧客情報を扱うコールセンターなどのオンプレミス環境で、生成AIの運用が可能になる」としている。

三菱電機 情報技術総合研究所AI研究開発センター 言語処理技術グループマネージャーの斉藤辰彦氏
開発した言語モデルは、製造業ドメインに特化し、製品マニュアルやコールセンター応対履歴、仕様書、設計書、技術文書など、三菱電機が独自に保有するデータにより学習。また、浮動小数点のデータ形式を整数変換するモデル圧縮技術により、言語モデルのメモリー使用量を大幅に削減することで軽量化を実現している。既に、「NVIDIA Jetson Orin Nano」や「EdgeCortix SAKURA-II」といったエッジデバイスで動作することを確認しているという。

エッジデバイスである「NVIDIA Jetson Orin Nano」を使用したデモンストレーション
さらに、独自の学習データ拡張技術を活用することで、効果的なタスク特化学習を可能にしている点も特徴だ。製造業のユーザーが保有する用途別データを用いた追加学習も可能になっている。
また、同技術では、質問に対して、回答を対で学習させる仕組みに加えて、タスクデータから望ましくない回答を自動抽出し、望ましい表現を出力しやすい言語モデルへと進化させることができるという。
「自動生成した望ましい回答と、望ましくない回答を用意して、繰り返し学習をさせることになる。表層上は質問に近い回答になっているが、ユーザーが求める回答ではないものを望ましくない回答として判断している」という。

質問に対して、リアルタイムで回答を行う

「望ましくない回答」を自動抽出し「望ましい表現」を出力しやすい言語モデルの学習用データを充実化する「学習データ拡張技術」
これらの技術によって、ドメイン特化学習を行った言語モデルを、三菱電機のファクトリーオートメーション(FA)製品に関する知識の正誤を問うタスクで検証を行ったところ、正解率は77.2%に達し、ベースモデルの35.8%、「GPT-4o」の52.0%を大きく上回ったという。「ドメインタスクへの特化学習を行うことで、タスク正解率は約40ポイントも改善できた。実用化に向けては90%の正解率が必要になる。今後、改善を加えて、さらに正答率を高めていく必要がある」とした。
実用化に向けては、「ビジネスモデルを含めて、事業部との話し合いを進めており、ユースケースの明確化、使用できるデバイスの選定、質問応答での正解率を90%にまで高めるといった性能の改善、適用先ごとの安全基準への準拠、有害な回答の制御、ロボットの動作への影響などを検証した上で、実装を行っていくことになる」と説明した。
なお、言語モデルには、国立情報学研究所(NII)の「LLM-jp」を活用し、学習を行っており、18億パラメータとなっている。また、今回発表した言語モデルは、アマゾン ウェブ サービス ジャパン(AWSジャパン)が提供する「AWSジャパン生成AI実用化推進プログラム」を活用。AWSジャパンから、GPUや「AWS Trainium」によるコンピューティングリソースなどの提供を通じて開発したという。
三菱電機では、2024年4月に、AI研究開発センターを発足。AI関連技術者を集約し、研究開発を加速しているところだ。2025年2月に、AIの動作を短時間に漏れなく検証する技術を発表しており、今回発表した技術は、それに続く第2弾となる。
三菱電機 情報技術総合研究所AI研究開発センター長の毬山利貞氏は、「AIは、デジタル社会から、物理世界へと進展していくことになる。だが、適正な使い方と敵対的な使い方の双方に対応する必要があり、その観点からの研究開発も進めている」とし、人間を介さずに自律的に行動ができる「自律性」、人間社会の中で安全に行動ができる「安全性」、実時間で高精度に制御ができる「物理世界での実効性」の3点にフォーカスしていることを強調した。

三菱電機 情報技術総合研究所AI研究開発センター長の毬山利貞氏
「今回の言語モデルは、自律性を追求したものである。機器に搭載したときに、人が言っていることを言語モデルが理解し、適切なアドバイスをすることになる。AIエージェントの実現に向けて、コアになる技術の一つである」と位置付けた。
また、「AI研究開発センターとして、成果を広報発表するのは今回が第2弾となるが、Maisart全体では約100件の実用化を行っているほか、年間で約10件の新たなAI技術を実用化している」と述べた。