筆者もこのディナーに出席したかったと切に思う。数十年にわたり、MicrosoftとLinuxは犬猿の仲だった。しかし、その対立は次第に沈静化し、現在ではMicrosoftはLinuxを支持する立場を取っている。にもかかわらず、Microsoft 創業者のBill Gates氏とLinux 開発者のLinus Torvalds氏は、これまで一度も対面したことがなかった。だが、それはつい最近までの話である。
「Microsoft Azure」の最高技術責任者(CTO)であるMark Russinovich氏は、Gates氏とTorvalds氏、そして「VAX/VMS」および「Windows NT」の開発を主導したDave Cutler氏の3人を食事の席に招くことができれば、それは非常に意義深いことであると考えた。そして、その構想は現実のものとなった。Russinovich氏は次のように記している。「Bill Gates、Linus Torvalds、David Cutlerをディナーに招いたことは、人生で最も興奮した瞬間の一つだった。LinusはこれまでBillに会ったことがなく、DaveもLinusとは初対面だった。今回の席では主要なカーネルに関する決定はなされなかったが、次回のディナーでは何かが動き出すかもしれない」
その食事の席において、Russinovichはオープンソースとプロプライエタリーソフトウェアという二大ムーブメントの先駆者たちを一堂に集めることに成功した。Gates氏は、その卓越したビジョンとリーダーシップによってMicrosoftを世界的企業へと成長させ、商用プロプライエタリーソフトウェアの象徴的存在となった。一方、Torvalds氏はLinux、そして後には「Git」の開発を通じて、オープンソースの理念を体現する存在となったのである。
初期の数十年間、彼らとそのソフトウェアに対する相反する見解は、絶え間ない衝突を引き起こした。Windowsは現在もなおデスクトップ市場を支配しているが、Linuxは長年にわたりインターネットの基盤として機能し続けており、サーバーやスーパーコンピューターはもとより、スマートフォンや家電製品に至るまで、幅広い分野でその力を発揮してきた。
この10年間、Microsoftはデスクトップ分野におけるプロプライエタリーな手法を維持し続けているものの、Linuxとオープンソース技術を積極的に受け入れてきた。例えば、MicrosoftはLinuxカーネルに貢献しており、「GitHub」も買収した。また、Linuxは長年にわたり、Azure上で最も多く稼働しているOSであり続けている。
筆者はその場に居合わせたわけではないが、後日、Torvalds氏とメールでやりとりし、会合について話を聞いた。同氏は、このテクノロジー界の偉人たちが集まった場で、どのような会話が交わされたのかを教えてくれた。
まず、「ディナーは本当にとても楽しかった」と同氏は述べている。しかし残念ながら、彼らの議論は技術的な内容にはあまり踏み込んでいなかったようだ。同氏によれば、「Dave Cutlerとは幾つか会話を交わしたが、それらはOSやソフトウェアエンジニアリングとはほとんど関係のない話題だった」という。
つまり、どちらのOSが優れているかといった議論でパンを投げ合うような場面はなかった。Torvlads氏は「Billは、アフリカでの慈善活動や原子力に関する取り組みについて語るうちに、次第に熱を帯びていった」と語る。ここで言及されている原子力関連の活動とは、Gates氏が2008年に共同設立した原子炉設計開発企業であるTerraPowerのことである。
Torvalds氏は、その会合に際してプレゼントを持参していたという。「私はみんなに粗末なギターペダルを渡した。というのも、それを作ることが現在の趣味であり、彼らは誰もギターを弾かないため、それが粗末かどうかは問題にならないからだ」と語っている。
ギターペダルとは何か。これにはまた別の背景がある。Torvalds氏は、クリスマスや12月下旬の誕生日に、よくLEGOのキットを贈られていたという。近年はより難易度の高いプロジェクトを求めていたことから、「LEGOの組み立てに加えて、今年はギターペダルのキットを幾つか組み立てることにした(『はんだごてを持った大人のためのLEGO』といったところだ)。ギターを弾くわけではなく、単にいじるのが楽しいからであり、ギターペダルは実際に機能する上に、『それほど複雑ではないが、5分で完成する555タイマーのLED点滅のような単純なものでもない』という、ちょうど良い難易度の対象である」という。
話をディナーに戻そう。Torvalds氏は筆者にこう語っている。「その日の印象的なやりとりの1つは、私がBillに『ギターは弾くのか』と尋ねたときのことだ。彼は『いや、弾かないけれど、弾ける人は何人か知っているよ。Bonoとかね』と答えたんだ」
その食事と会合について、Torvalds氏の最終的な感想は次の通りである。「食事は美味であり、同席した人々も魅力的だった。MicrosoftとLinuxのライバル関係はもう過去のものだ」
最後の部分については、一部の人々をイラ立たせるであろうことは承知している。現在でも、MicrosoftとLinuxの対立を聖戦のように捉えている人々から定期的に意見が寄せられる。しかし、Torvalds氏自身が和解を受け入れているのであれば、われわれも同様に歩み寄れるはずである。結局のところ、Linuxが勝利したのだから。

提供:Microsoft/Mark Russinovich
この記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。