思考の流儀:ルイス・ガースナーによるIBMの再生

ビジスパ事務局 2011-06-02 14:00:00

IBMは、製造・サービス業向け事務機器分野で1950年代初頭に圧倒的首位の座を確立し、その名声を80年代まで維持していました。市場を事実上独占していた同社は、たびたび米国政府から独占禁止法に基づく規制を受けたほどでした。

しかし、長年リーダーとして君臨してきたIBMも、90年代に入り、その競争力に陰りが見え始めていました。圧倒的シェアを有するメインフレーム市場は、市場の成長が頭打ちとなり、日本企業の台頭等も相まって価格競争が激化し収益性が低下する一方、急成長するパソコン市場は多数乱戦の様相が色濃くなってきたのです。そして遂に、91年に28億ドルに上る初めての赤字を計上、株価も急落したのです。赤字は93年までの3年間で累積総額150億ドルにも上りました。

93年度決算で81億ドルもの赤字を計上した後、IBMはルイス・ガースナーを新しいCEOに迎え入れました。それまで一貫してIBM生え抜きの人材が務めていた経営トップの座に、初めて社外の人材を選任したのです。ハーバード大学ビジネススクールでMBAを取得した後、マッキンゼーに入社、アメリカン・エクスプレス、RJRナビスコ会長を経てIBM入りしたガースナーは、その後、2002年12月の退任までに同社の再生・再成長を成し遂げました。

もし、皆さんがガースナーのように外部出身のCEOとして招かれたとして、社員に対してどのようなメッセージを発信するでしょうか? この質問をビジネススクールの学生たちに投げかけると、"会社の将来像を示す"、"中長期ビジョンを提示する"、といった意見が多勢を占めることが殆どです。

しかしながら、ガースナーの発したメッセージは正反対のものでした。

"私が皆さんに申し上げたいのは、いま現在のIBMに最も必要ないもの、それがビジョンだということです。私がいつ新ビジョンを発表するかという憶測が絶えませんが、今のIBMにビジョンなど必要ないのです。必要なのは各事業部門が新しい現実を認識することであり、私が約束できるのは、苦痛に満ちたこの時期をできるだけ早く脱出するためにあらゆる手をつくすつもりだということです。"

大切なのはステージに沿ったメッセージ発信です。急な坂道を転げ落ち、「今」に苦しんでいる社員にとって、あるかないかもわからない「将来」の夢など無意味です。全く心に響きません。いや、鼓舞など逆効果ですらあります。成長ステージのリーダーシップと再生ステージのリーダーシップは異なるのです。まして、IBMはグローバルに展開する超大企業。フラットな組織を前提とした対話型リーダーシップなど通用しません。社員に現実を直視させ、短期的な効果創出に繋がる打ち手だけを徹底的にわかりやすく発信し続けなければ、会社の遠心力にブレーキをかけ、求心力を取り戻すことはできないのです。

ガースナーは、この地道なメッセージ発信を2年間も続けた後、95年にようやく成長戦略へと舵をきりました。そして、96年。復活を確信したガースナーは、

"IBMは甦りました。だが手綱を緩めるわけにはいきません。成功企業の条件は変化し続けていくことです。過去の成功体験におぼれ、凋落した企業はいくらでもあります。IBMもそうでした。失敗の種は成功時にまかれているのです。"

と戒めると同時に、"IBMは再び業界の盟主を目指します。"と、高らかに宣言しました。

世の中には、ベンチャー経営者の成功体験本が溢れています。そして、その多くが、中長期ビジョンの重要性を訴えています。気をつけましょう。リーダーシップスタイルは単一ではありません。リーダーシップスタイルは、経営者の個性によって異なることはもちろん、企業サイズやステージによって使い分けられるべきです。敢えて短期ビジョンを小間切れに示すべきケースもあるのです。ベンチャー企業の創造~成長ステージのリーダーシップが全てではないことを肝に銘じましょう。

田村 誠一
東京大学経済学部経済学科卒業。ノースウェスタン大学経営大学院アドバンスド・ビジネス・マネジメント・プログラム(ABMP)修了。アクセンチュア株式会社において、約18年間、戦略コンサルタントとして活動。経営コンサルティング本部戦略グループ製造・流通セグメント統括、製造・流通本部運輸・旅行業セグメント統括等を歴任。40社超の企業に対し、全社戦略・事業戦略立案、M&A支援、バリューチェーン再構築、マーケティングCRM戦略立案、R&D改革等を支援。現在、株式会社企業再生支援機構 マネージング・ディレクター。グロービス経営大学院教授。K.I.T.虎ノ門大学院客員教授。石川県ニッチトップ企業等育成事業スーパーアドバイザー。共著書に、『一流の思考力』(東洋経済新報社)等。ビジスパではメルマガ「戦略プロフェッショナルの流儀  -変革を楽しむために-」を執筆中。

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※このエントリはZDNetブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および ZDNet編集部の見解・意向を示すものではありません。

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