考古学はマネジメント学だ ~もし若者が考古学者になりたいと思ったら~

ビジスパ事務局 2011-08-05 15:00:00

 皆さんは「もしドラ」を知っていると思います。そうです、ベストセラーになった『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(岩崎夏海著)という著作で、映画にもなりました。私もはじめこの本を知りませんでしたが、あるテレビ番組に出演してその中でドラッカーのマネジメント論の一端を知ったとき、「これって考古学にも応用できる。いや考古学にこそ必要だ、マネジメントを知らずして正しい考古学者にはなれない」と思いました。

若い皆さんは今の課題で精一杯で、マネジメントなんて勉強しているヒマはないと思っているでしょうから、私なりにドラッカーの経営論を考古学に応用したらこうなるという「もしドラ-考古学者編-」を書いてみます。

おそらく皆さんは「あの無能な吉村作治が世界的に通用しているのは運だろう」と思っているでしょうが、これを読むと「必ずしもそうではないかもしれない。エジプト考古学の知識を知っているとか、専門誌をよく読んでいるとか、エジプト考古学の有名な研究者と知り合いだとかだけでは世界で通用するエジプト考古学者にはなれない」ということが分かってもらえるかもしれません。もちろん知識を持っていたり、語学ができたり、学者仲間がいるということを否定していませんが、それらは持っていて当然、すなわち必要条件でして、しかし十分条件ではないということです。

この話を進める前に、ドラッカーという人物について知らない人がいると思いますので簡単に記します。生まれは1909年11月19日で、生誕地はオーストリアのウィーンです。第一次世界大戦のはじまった翌年の1915年に小学校に入学しました。その後、ドラッカー青年は一時、社会主義活動をしますが宗教家に諭されてそれをやめ、ハンブルク大学法学部の学生となります。1929年、20歳のとき投資銀行に就職し、証券アナリストとなり、同時にフランクフルト大学法学部に移籍し勉強をし直していたところ、ニューヨーク株が暴落したため失業してしまいます。そこでフランクフルトの新聞社に入社し経済記者となります。その時の編集長の言葉「定期的に自己点検をし、仕事のやり方を変えなさい」の一言が人生の生き方を変えたのです。


(※)本稿は、考古学を進めていく中でドラッカーの言うマネジメントがどう生きているかを示していく連載「考古学はマネジメント学だ」のイントロダクション部分になります。

吉村 作治
10歳の時に読んだ、『ツタンカーメン王のひみつ』に魅せられ、エジプト考古学者となる。現在は早稲田大学名誉教授、工学博士(早大)。1964年に早稲田大学入学後、カイロ大学考古学研究所留学。念願のエジプト発掘を始め、早稲田大学人間科学部、国際教養学部教授を経て、日本初の完全インターネット大学、サイバー大学を創設し初代学長を務めた。現在、毎月エジプトに出かけ、その合間に執筆活動、講演、テレビ出演、お祭り参加等、日本中を飛び回っている。
ビジスパにて2011年8月よりメルマガ「吉村作治の週刊e-パピルス - エジプト考古学者のマネジメント学 -」を開始した。

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※このエントリはZDNetブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および ZDNet編集部の見解・意向を示すものではありません。

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