イラクで犠牲になるジャーナリスト〜その示唆するところは?

飯田哲夫(Tetsuo Iida) 2006-06-18 01:35:35

少し前の放送となるが、6月6日のTBSのニュース番組で、イラク戦争で犠牲となったジャーナリストの数が、ベトナム戦争や第二次世界大戦を上回り71人に達したというレポートがあった。

その報じるところによれば、ジャーナリストは西側諸国の仲間と見なされて武装勢力の標的となっているという。そして、その原因の1つは、武装勢力がインターネットを通じて世論へ直接メッセージを伝えることが可能となり、ジャーナリストの持つ価値である世論を動かす力が不要になったことにあると。

価値体系の変容

フリードマンの「フラット化する世界」にも繰り返し出てくるが、コミュニケーション・プラットフォームの変化によって、これまで価値体系が変容し、それが多方面へ影響を与えている。イラク戦争のケースであれば、武装勢力と世論が直接結びつくコミュニケーション・プラットフォームが出現したことにより、ジャーナリストの持つ価値が変容してしまったということだ。こうした変化は、個人、企業、国家の全てのレイヤーで発生している、というのがフリードマンの観察である。

イラク戦争におけるジャーナリストの犠牲者増加というのは、その最も不幸な結果である。ビジネスの領域であれば、それはビジネスモデルの転換であったり、職種の転換であったり、という事象として現れることとなるものが、戦争ジャーナリズムの世界においては死として現れることとなる。

変容の多面性

とはいえ、その価値の変容は多面的だと思う。武装勢力にとってジャーナリストの価値が低下したからと言って、ジャーナリズム自体の価値が無くなったということではない。発信側は情報伝達手段を獲得したかもしれないが、受信側はより客観的な情報や、的確な批評を加えられた知見にも価値を見出す。ジャーナリズムには別に詳しくないので、これ以上の深入り避けたいが、ジャーナリストが殺害される点を捉えてジャーナリズムそのものの価値が無くなったという1面的な捉え方は出来ないということだ。

ソフトウェア・ビジネスへの示唆

さて、ソフトウェア業界においてはオープンソースの流れがある。この現象の1側面は、ソフトウェアの無償化である。しかし、ここで誤解すべきでないのは、ソフトウェアの無償化が必ずしもソフトウェアの価値低下ではないということだ。

たしかに、コモディティ化して価値が低下しているソフトウェアもあるだろう。しかし、オープンに開発されているからライセンスが無償なだけで、ソフトウェア自体の価値が低下しているわけではない、というのが正しいオープンソースの見方だ。従って、ソフトウェアが無償であっても、それをビジネスで活用できるようにすることには価値が伴う。

ただし、価値の形態は変容し、バリューチェーンの中を移動して行く。それを正しく把握してゆくことが、ビジネスとして生き残っていくための条件だろう。

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