コミュニティ化で変化するマーケット分析論

飯田哲夫(Tetsuo Iida) 2007-09-02 12:46:06

英大手銀行であるHSBCが、大学卒業生向けの当座貸越レートを上げようとしたところ、学生組合がソーシャル・ネットワークサービスであるFacebook上で行った反対キャンペーンにより、取り下げざるを得なくなったという(オリジナルのニュースはこちら)。もともと0%であったところを9.9%まで上げようとしたというから、それは怒りそうなものであるが、反対キャンペーンには学生ら4,000人近くが参加したという。こうした事例を見るにつけ、従来型のマーケットの捉え方というのも変わりつつあるのを感じる。

卒業生向けサービスって

そもそも卒業生向けのサービスって何だ、と思ってしまうのだが、英国(米国の事情は知らない)の銀行では大学生に対する囲い込みが活発らしく、学生専用口座などが多くの銀行で用意されている。しかし、卒業していよいよ顧客として収益を落としてくれる段階になって銀行を変えられてしまっては意味がないので、卒業後も一定の優遇サービスが受けられるようになっているのである。たとえば、先の貸越サービス(残高が無くても引き落としができる)であれば、卒業後5年までは一定額まで無償だったりするのである。HSBCが金利を取るぞと宣言したのは、この付加サービスの部分だ。

従来型のマーケット分析論

極めてトラディショナルであると共に、今でもマーケットのスナップショットを捉える上で有効なのは、ポーターのファイブ・フォース分析(Five Forces)であろう。これはご存知の方も多いと思うが、マーケットの競争力学を、「顧客」、「サプライヤー」、「競合企業」、「新規参入」、「代替サービス」の5つの観点から分析することで、その業界の魅力度を測るというものだ。例えば、設備投資が不要で新規参入がし易いマーケットであれば、それは競争が激化しやすく、魅力的とは言えない、などという感じだ。

一方、「顧客」に関しては、顧客側の規模が大きく数が少ない場合、顧客側の交渉力が勝って、マーケットの魅力度としては一般的に低くなる。例えば自動車部品の業界であれば、顧客側の自動車メーカーの数は限られており、交渉力は自動車メーカーの方が強くなる。

ところが、リテールバンクのマーケットを見た場合、サービス提供主体である銀行側はM&Aによって数が減っている一方、顧客である一般消費者の数は減っていない。つまり、数少ないサービス提供者と大量の顧客ということであるから、交渉力はサービス提供者側(銀行側)に圧倒的に有利なはずである。こうしたマーケットにおいては、顧客の反応以上に、競合他社の出方を窺う方により力が入りがちだ。

コミュニティが変えるマーケット分析論

一方、HSBCの事例で見えてくるのが、従来の分析手法では見えなかった新しい力学である。つまり、顧客サイドの分析を行う際に、コミュニティ化のプラットフォームの有無を捉えていく必要があるということだ。従来も一定の情報共有をWeb上で行っていくことで、消費者パワーというのは徐々に向上してきたが、Facebookのような消費者をコミュニティ化するプラットフォームは、従来分離独立していた顧客をバーチャルに統合し強大化させる力を持つのである。これまでにも「金融ビジネス2.0」として紹介したソーシャル家計簿サービスにしろソーシャル・レンディングにしろ、これまで単独では無力であった消費者同士がネットワーク化されることによって徐々に力を付けているのは間違いないだろう。

しかしながら、顧客側を対峙するものとして捉える限り、従来のマーケット分析の域を出るものではない。これから取り組むべきは、こうした既存のコミュニティ、あるいは新規にコミュニティを創出することによって、いかにしてサービスの強化、あるいはサービスの開発に繋げることが出来るかを考えることにある。顧客とのこうした共創関係は、マーケットとしての安定度を高める一方、こうした関係を築けない企業にとっては高いハードルともなる。

例えばオープンソースのビジネスモデルの1つは、ソフトウェアの提供者と顧客が共創環境を構築することにより成り立っている。こうしたことがエンタープライズの他のサービス分野においても今後起こっていくのではないだろうか。今回のHSBCの事例では、HSBCが顧客の組成したコミュニティの力に驚かされたという構図だが、今後それをいかに活用するかという視点に変わっていくことにより、新しいサービスの可能性が拓けるのではないかと思うのである。

ところで、私は昔、放し飼いの養鶏場を訪れた際、ニワトリを追いかけるつもりが、数百匹のニワトリに追いかけられて恐ろしい目に合いました。その養鶏場の売店で買った卵の袋を手にぶら下げていたのですが、どうもそこに餌が入っていると思われたらしく、ニワトリが一斉に迫ってきたのでした。そのときは、残念ながらマーケット戦略のことは考えませんでした。

※このエントリはZDNetブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および ZDNet編集部の見解・意向を示すものではありません。

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