全体最適行動にアメとムチは有効か?

経営企画室.com 2009-04-03 14:03:32

我々がこれまでのコンサルティングのお仕事の中で、部分最適行動と全体最適行動が一致しない、別の言い方をすれば、「全体最適行動を優先すると、これまで部分最適行動によって得られてきた利益(効用)が減少してしまう」というジレンマを抱えている状態にある企業を数多く見てきました。

この状態を「社会的ジレンマ」状態にあるといいます。「社会的ジレンマ」とは、経済学やゲーム理論でよく取り上げられる「囚人のジレンマ」が3人以上で発生しているケースを指します。

「ゴミの分別」は環境保護の観点から、皆が必要だ、そうすべきだということは分かっています。全ての人間が、きちんとゴミの分別を行えば、リサイクルの効率が上がり、環境破壊の進行を止める効果があるでしょう。しかし個人の立場でみると、ゴミを分別するという行為は、分別をしない時と比較すると、明らかに「手間と時間」が取られ個人レベルでは好ましくない(効用が下がる)状態になるといえます。これが「社会的ジレンマ」状態です。

企業レベルで当てはまると、例えば、数字による実績評価を実施する組織にとって、企業としては必要であっても、個人・部署にとって一円の実績にもならない業務については消極的な姿勢をとってしまう、他部署との連携の検討や、他部署へ業務を任せれば、会社としての利益が向上する事が明らかにも関らず、そのような行動ができないなど、どこの企業でもよくあるお話だと思います。

そしてこの解決策として、一般的によく使われる方法が「アメとムチ」システムの導入です。全体最適行動(協力行動)をとった人には報酬(アメ)を、部分最適行動(非協力行動)をとった人には罰(ムチ)を与えます。個人からみた場合、非協力行動から比較すると高くつく協力行動のコストを下げる(効用を上げる)効果があるわけですね。

「ゴミの分別」の例で言えば、分別をきちんとした人には、ゴミ袋もしくはトイレットペーパーが無料で支給され、分別をしない人には、次回からゴミを回収しない、もしくは自宅に返却する といったようなシステムです。

しかし、この「アメとムチ」システム、本質的な問題解決に役立っているのでしょうか?

 

■ 「アメとムチ」システムの導入は新たなジレンマを生む

「アメとムチ」システムの導入には、システムそのものに大きなコストと手間がかかってしまうのです。そして更には、このコストと手間を一体誰が負担すべきなのかという、別のジレンマを生むことにもつながります。

また、一企業レベルの話で、仮にそれらのシステムを維持する費用が、会社が負担できる範囲内であったとしても、次にあげる課題が、「アメとムチ」システムの導入を否定的に考える私の意見に繋がっています。

それは「アメとムチ」の導入は、相手に対する信頼をも毀損する恐れがあるという点です。「あいつが全体最適行動をとったのは、『アメとムチ』システムがあるからだろう。本心では部分最適行動をとりたいはずだよな。きっと』という本心から全体最適行動を取っていたとしても、そうは思えない「疑い」を増幅させる環境を作ってしまうということです。

そもそもこのような「社会的ジレンマ」は相手に対する信頼がもてない為に発生するものと言えます。自分が協力行動をとっても相手が非協力行動をとって、自分を出し抜くかもしれないという不安が、その発生メカニズムの1つであると考えられるからです。「自分だけゴミの分別をしても、隣の奴は楽をして分別しないのだったら、地球環境なんてよくならないよ」という思いです。

であるとすれば、アメとムチで「虚偽の協力体制」をつくったとしても、本質的な解決には至っておらず、また別の「疑い」を発生させてしまう可能性があるということです。

結局、「社会的ジレンマ」を「アメとムチ」のシステムで解消するという方法は一見、そのジレンマが解消されたかのように見えますが、そのシステムを維持する為の負担を誰が取るのかという点や、組織の中で更なる不信を生むという点において、別の「社会的ジレンマ」を発生させる事に他ならないといえるのです。

では、これらを解決する方法あるのか。

 

■ 「みんなきっとやるだろう」という期待感を高める組織デザイン

この問題は一朝一夕に語れる問題でもありませんし、また絶対的な解はないのかもしれません。しかしポイントは「みんながやるであろう」という相手に対する信頼があれば、おそらく多くの人が、自分もそのように行動するということ です。逆に「みんなやらないだろう」と思えば、自分も非協力行動、部分最適行動を選択する可能性が高いということです。

「アメとムチ」を使わざるを得ないとしても、全ての人間を強制的に、協力行動、全体最適行動に誘導することは、先ほど挙げたような弊害が生まれるのだとすれば、その範囲を最小化することが望ましいといえます。

つまり「みんながやればやる」という人を、ある数まで増やす事に、「アメとムチ」を必要最低限活用すればいいのではないでしょうか。

「社会的ジレンマ」の定義から考えても、その多くが、先ほど挙げたように周りから出し抜かれるかもしれないという不安から発生するものだといえます。逆に言えばその多くが「皆が本当に全体最適行動を取ると約束できるなら俺もやるよ」という人たちなのです。

なぜなら全員が全体最適行動を取れば、確実に部分最適行動をとった時よりも利益(効用)が高まることはわかっているのですから。 

自ら所属組織に当てはめて、「社会的ジレンマ」に陥っているとすれば、いかにして、それを解消するかを考えて見てください。安易な「アメとムチ」システムの導入だけでは、中々上手く行かないという事実は、既に皆様もご経験済みかもしれません。

「みんなきっとやるだろう」「みんながやるなら俺もやるよ」という状態に組織をデザインすることが、今私が考える、今日のテーマの解です。

 

久木田 光明久木田 光明
大手・中堅不動産関連企業を中心に、戦略立案から戦術展開まで幅広いコンサルティングフィールドを持つ。正確なマクロ市場環境の分析から今後の市場展開を予測し各企業の潜在的なパフォーマンスを最大限に活用できる戦略の構築を得意とする。

※このエントリはZDNetブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および ZDNet編集部の見解・意向を示すものではありません。

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