続・新型インフルエンザは 「騒ぎすぎ」なのか?について分析的に考えてみる

米野宏明(Hiroaki Komeno) 2009-05-27 17:44:29

昨日のエントリーで何件かコメントをいただいたのですが、思いのほか興味深い反応もあったので、旬なうちにこの問題をもうすこし掘り返してみたいと思います。と言ってもマスク論ではなく、分析視点ついて、なので、タイトルには偽りありです。

マスクはウィルス防御に有効か?

そもそもこれは論点ではなかったのですが、この部分に対する賛否(否のほうが多いですが)のコメントが多かったので、またこれを題材にしてみましょう。この問題での対立は、統計における確率論と現実行動における心理とのギャップによるもので、マーケティング分析など日常でも陥りやすい罠とも言えます。

花粉よりは弱いでしょうが、マスクは間違いなくウィルスをブロックします。その意味ではハンカチでもティッシュペーパーでもウィルスをブロックできます。でも相手がニュートリノだったら多分無理です。これ自体に専門家の見識を持ち出す必然性などありません。問題とすべきは 「程度」 と、それを現実行動に反映させる際の 「視点」 です。たとえば、以下すべて数値は何だっていいのですが、仮にマスクは全体の 5% のウィルスをカットできるとしておきましょう。さてこの数値を誰がどの視点でとらえるか、が問題です。

「有効」 の定義は?

「医学的」 に考えれば、残り 95% が通過してしまうわけですから、仮にちょっとでもウィルスに侵入されたら罹患するというなら罹患率 95% ということ (よって実際にはこれより下がると思いますが本題ではないので無視) であり、これではとてもマスクを 「有効な予防手段」 と呼ぶことはできません。統計的には 5% は誤差の範囲ですし、こんなの 「ほぼ 100% 罹患」 も同然ですから、予防として意味があるなどと、口が裂けても言えないでしょう。専門家が言う 「マスクは効果がない」 という主張は多分こういうところから来ています。

しかし 「現実の行動」 におけるマスクへの期待を考えると、ちょっと事情が変わってきます。分かりやすくするために、まずあり得ない話ですが、ウィルスに1つでも侵入されたら罹患すると仮定します。そしてもし目の前にそのウィルスがふわふわ漂っていることがあらかじめ分かっていたとしたら、それでもマスクをしないでしょうか?マスクをしなければ罹患確率は 100%、マスクをすれば罹患確率は 95% で、これは先の数字と変わりません。しかし、感染するかしないかはゼロサムで、95% 分だけ感染するわけではないのが最大のポイントとなります。効果がない、珍妙だと言われながらもマスクをし続ける人の主張は多分このあたりから来ています。心理的要因は大きいですが、5% でもカットできるならマスクを我慢してする、あるいは自分の目の前に保菌者が居合わせるかどうかはコントロール不能なので、せめて自分でコントロールできることはできるだけやっておきたい、その観点では 「マスクは効果がある」 ということでしょう。

「モデリング」 の罠 ― 「汎化」 と 「前提」

罹患率 95% は 「平均」 確率です。現実の現象や行動は 「散布図」 のように点でプロットされますが、これを統計的に処理しようとすると、平均や分散と言った 「モデル」 に汎化してやることになります。この処理によって物事を理解、共有しやすくなる半面、この平均モデルにぴったり当てはまる現実が一つもない、ということも起こり得ます。また分析は、できるだけ他の条件を固定 (コントロール) することで分析対象変数を減らして掘り下げていく、というのが基本姿勢ですが、一つの変数だけを取り上げるとさらに、モデルと現実のかい離が起きやすくなります。つまり、先の二つの主張は固定した前提 (範囲、期間、有効の定義=期待する結果、など) が違うだけで、両方とも間違っているわけではありません。さらに言うと、人が集まっているところに行かなければ漂っているウィルスの数は減るし、手洗いうがいをすれば主要な感染経路の幾つかを断つことができます。使い捨てるべきマスクを繰り返し使えばウィルスに被曝する可能性がかえって高くなるケースもあり得ます。前回のマスク論ではそれら 「マスクのウィルスカット機能」 とは関係のない要素を無いもの、あるいは定数として固定したわけですが、つまりこれらの主張も当然間違いではありません。

「前提」 を持った 「仮説」 で戦う・支持する

前回問題にしたかったのは、このような前提の共有がなされないままに、煩雑な論拠で 「騒ぎたてる」 報道が多い、という点です。「皆落ち着こうよ」 と言うならば対象が誰で、どんな行為が問題なのかをまず固定し、さらにその問題がたとえばマスクなら、マスクが何%のウィルスを通過し得るかというデータと、逆に 「効果がある」 と言えるのはカット率何%からなのか、のような定義をする必要があります。そしてその前提に当てはまる人は従えばいいし、当てはまらない人は別の前提による仮説を支持すればいいのです。しかし、残念ながらそのようなものは見かけませんでした。この混乱で実際にマスクをしている人が、手洗いうがいやマスクをちゃんと使い捨てるなど、やるべきことをやっているかを検証したものすらありません。したがってマスク論を一つの例にとると、「騒ぎすぎ」 にはそれを主張するに値する手続きが欠けており、もし現実としての 「騒ぎ」 があるとすればそれはメディアによる自作自演と言えないだろうか、というのが前回の分析結果というわけです。

ネットの普及により非常に多くの情報が入手できるようになりましたが、もちろん私の主張も含めて、その情報の背後にどのような前提が置かれているのか、を明らかにしてから考えると、より洞察が深まっていきます。これがないと、異なる立場からの当然に食い違う意見をぶつけるだけに終わってしまい、何の利益にもなりません。どのような立場にあるかを問わず、結果それが正しいかどうかにも関わらず、常に疑問を持ち続けることが競争力につながる、というのがこのブログのテーマでもあります。

※このエントリはZDNetブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および ZDNet編集部の見解・意向を示すものではありません。

5件のコメント
  • SN1987A

    大変興味深い分析だと思います。ありがとうございます。

    マスクの効果については、感染者からうつされる場合だけで議論されることが多いですが、感染者が他人にうつす場合も考える必要があると思います。

    感染者がマスクをすることによる感染防止効果は多くの人が認めるところだと思いますが、
    インフルエンザの場合、症状が出る前日からウイルスを出し始めると言われています。従って、自分はまだ感染したことに気付かないうちに、他人を感染させてしまうことがあります。

    また、インフルエンザなのに発熱を伴わないケース(本人は風邪程度としか思わない)や不顕性感染といって症状が出ないケース(本人は健康だと思っている)も報告されていますが、いずれの場合も、知らないうちにウイルスを周囲にばら撒いてしまいます。

    特に今回の新型インフルエンザでは、兵庫県によると38度未満の発熱しかない感染者が3割も報告*1されています。新型インフルエンザの不顕性感染はWHOがその存在を報告*2していますが、症状が現れなければ医者にかからないので、どのくらい存在するのか分かりません。ただ、一般のインフルエンザでは2割程度はあると考えられています。

    いずれにしても、インフルエンザの流行時にマスクをする習慣は、感染者が上記のような状況で知らないうちに他人を感染させるリスクを確実に軽減すると考えられます。そうなると、うつす側かうつされる側かは関係なく、結果的に感染が防止されます。

    また、よく「インフルエンザ感染は飛沫感染より、接触感染が多く、マスクは接触感染を防がない」との意見も聞きますが、(「飛沫感染より接触感染が多い」とする根拠はない)接触感染のウイルスも元は感染者の咳、くしゃみによるものが多いので、これも感染者がマスクをしていれば防げます。

    海外ではマスクをする習慣がないので、政府もマスクを強制することはしていません。その根拠として「予防効果は期待できない」とする実験結果が公表されていますが、海外のフォーラムでは、マスクの効果を示唆する研究結果*3も紹介されています。しかしながら、マスクをする習慣がない中ではなかなか注目されません。

    日本においても病院や小学校の調査*4で、「インフルエンザ罹患率が減少したのはマスク着用の効果」とする研究はありますが、特定のグループや環境下の結果であり、日常生活には様々な要素が関わりますので、マスクの効果を科学的に証明するには至っていません。

    そもそも疫学調査では、多くのサンプル数を長期間観察する大規模な調査であっても、なかなか「一般的・科学的に証明する」までには至りません。他方、特定の条件下で行われる研究室の実験である/なしが証明できても、実社会でのある/なしを証明したことにはならないのですが、研究室の結果は理解し易いため、そのまま実社会に当てはめられる傾向が強いと思います。
    以 上

    *1 http://web.pref.hyogo.jp/contents/000127408.pdf
    *2 http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/2009who/090506tech_consult.html
    考察、重要項目の3番目
    *3 http://www.eurekalert.org/pub_releases/2009-01/uons-uav012209.php
    http://www.sciencedaily.com/releases/2009/05/090520161332.htm
    *4 http://www.maruishi-pharm.co.jp/med/libraries_dis/magazine/pdf/27/27spe_2.pdf
    http://www.unicharm.co.jp/company/news/2007/07nov-1.html

    2009年05月28日

  • hidoi

    ほとんど医学的根拠のない、虚偽の推測に基づく、さらなる推測である。 うそつき、と呼ばれてもしかたがないであろう。 

    2009年05月28日

  • KH

    もし,ミスをすると責任を追及する,という,日本では,誰も”マスクなしで大丈夫です”,とは言えない.
    それだけのことです.

    もし,A(氏か,部署か,官庁か,なんでもだれでもいい),が,”マスクなしでもOKです”,と言ったとする.
    しかしながら,仮に0.1%の確率で,マスクなしだと感染した,とする.すると,マスコミは,大騒ぎをして,”責任者を出せ.Aは謝罪しろ”,と叩きまくる.

    それが判っているので,誰もマスクなしでOKとは言えない,言わない.一方,多くの大衆は自分で考える
    ことをせず,”***さんが言っているので”,”だれかに言われたので”,と付和雷同する.

    結果として,今回の騒ぎになった,と.

    この時期,EUに行っていたが,EUの空港で,日本人だけがマスクをしてしかも集団で歩いている,という
    のは異様な光景だった.それを異様と,特殊,といわず,なんという....

    2009年05月28日

  • 「有効」 の定義は?の否定意見ですが
    >ウィルスに1つでも侵入されたら罹患すると仮定します。そしてもし目の前にそのウィルスがふわふわ漂っていることがあらかじめ分かっていたとしたら、それでもマスクをしないでしょうか?マスクをしなければ罹患確率は 100%、マスクをすれば罹患確率は 95% で、
    とありますが仮定の話ですみませんが、ウイルスが1個だけ存在することは無いと思います。普通は数万個単位であると思いますので確率100パーセントだと思います

    2009年05月28日

  • macamaca

    はっきり言いまして、マスクは防御にはほとんど効きません。ウィルスは最近よりもかなり小さく、マスクの繊維をすり抜けます。ですので、空気中を漂うウィルスに関しては全く効かないと思ったほうがよいです。
    では、なぜマスクをすべきなのか?
    それは、感染者がウィルスを飛沫感染により飛散させないためです。
    飛沫感染の場合は、ウィルスそのものが口から飛び出てくるわけではなく、唾液や鼻水などと一緒に出てきます。したがって、マスクの繊維でもその飛沫を防ぐことができます。
    今回の新型インフルエンザの場合は、感染力が強い割には弱毒性で、実際に自分がかかっているかどうかが分からない無症状感染者がいると思われます。そういう人がマスクをすることで、飛沫感染を防ぐことができます。
    そのよい例が、ニューヨークです。だれもマスクをしていません。しかし、ニューヨークでは感染が拡大しています。なぜか?無症状感染者がマスクをしないために飛沫感染で感染を拡大させているからです。これは確認されていないので何とも言えませんが、少なくとも私はそう考えています。
    ですので、今回国内でみんながマスクをすることで、無症状感染者からの2次感染が防げているのだと考えます。
    私のブログもお読みください。
    http://pandemich5n1.seesaa.net/
    よろしくお願いします。

    2009年05月27日