ビル・トッテン氏に育てられた自分

前川賢治(Kenji Maekawa) 2008-06-09 10:05:26

 今日は株式会社アシストの創業者で現在も代表取締役を務めるビル・トッテン社長について書こうと思います。

 アシストにはドリームアーツを社長の山本と一緒に創業する前に勤めていました。アシストは、ソフトウェアといえば自社開発が当たり前だった時代に、汎用的な米国のパッケージソフトをいち早く日本に紹介した会社です。「アシストカルク」という表計算ソフトはパソコンソフトのベストセラーにもなりましたから、名前に聞き覚えのあるかたも多いでしょう。

 アシストに勤め始めてしばらくしたときに、みんなの前にビルさんが来て「この中で野球が出来るやつはいるか?」と訊くのです。自分は大学で落第寸前でしたから勉強はダメだけれど、野球くらいならなんとかなると思って、「まあまあ得意です」と言ったら、じゃあお前来いっていうことになって社長室付けになりました。要はビルさんが単に野球を好きだったというだけなんですが、その日からご縁のあるお付き合いが始まりました。

 「草野球の甲子園」と呼ばれたグリーンカップ(全国草野球大会)なんかが開かれている時代で、社内に野球部を作って毎週のように練習していました。ビルさんは野球は好きなんですが腕前は推して知るべしで、構えだけは格好がいいものの高めのストレートを投げれば絶対に空振りです。ご自身が活躍したいというよりも、野球の楽しい雰囲気に囲まれていたかったんでしょうね。そのうちに野球のできる若者を優先的?に採用したこともあって、チームとしてはそこそこ強くなりました。

 広島の片田舎から出てきた僕は、訳も分からず何でも一所懸命にやるし、馬鹿みたいにお人よしなところがあったせいか、漫画の「いなかっぺ大将」というあだ名を付けられて、ビルさんにずいぶんと可愛がってもらいました。週末になると毎週野球の練習して、そのあと酒を飲んで食事して、という繰り返しで数百人いる社員の中で毎週社長とそうやって遊んでいるなんて自分たち野球部員だけ。奥さんや娘さんにもずいぶんと仲良くしてもらいました。

 常にビルさんの近くにいたせいもあって、会社や経営ということについていろいろと教わりました。会社というのは世の中に生かされているんだよ、とか、会社ってのは儲かれば何をやってもいいというわけじゃないんだよ、とか、弱肉強食という考え方は正しくないんだよ、といったことを若い自分に教えてくれるわけです。強い哲学を持った経営者、とでもいう感じでしょうか。自分の基本的なモノの考え方はすべてビルさんに教わったと言っても過言ではないでしょう。

 ちなみに、アシストのウェブサイトにある「コラム(Our World)」を読むと、ビルさんが普通の経営者とは異なる視点を持っていることが良く分かります。

 もちろん経営者ですから気性の激しさもある面では持ち合わせていますし、自分は自分で若かったのでたまに天狗になることがあって、思いっきり怒鳴られたことも何度となくありました。ふとした会話の途中で他人のことをちょっと小馬鹿にするようなことを言ったら、「お前はいつからそんなに偉くなったんだー」ってワインボトルが飛んできたこともあります。道徳感の非常に強い人でした。

 1996年になって山本が会社を興すから協力して欲しいと言ってきました。山本は大学時代からの友人ですから頼まれたらノーとは言えない。(結果的には、いろんなドラマを経験させてもらえて、山本にはとても感謝していますよ!)しかし一方で、ビルさんには長年に亘って公私ともどもお世話になっている。まさに義理と人情の板ばさみですよ。

 覚悟を決めてビルさんのところに退社して起業することを伝えにいきました。すると、一介の社員だった自分に対して「オレとお前は友達だろう。友達がやりたいと思うことを反対するわけがない。会社を経営するというのはとても大変なことだけれど、応援するから頑張りなさい」と言ってくれた。もう感激しちゃってホロホロでしたね。

 ビルさんとはその後なかなかお会いする機会がないのですが、自分にとっては育ての親と今でも思っていますし、尊敬してやまない経営者であることに変わりはありません。このブログ、読んでくださっているかな。

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前川@ドリーム・アーツ

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