故郷への帰省

前川賢治(Kenji Maekawa) 2009-12-15 19:27:00

今年ももう12月。僕も年末年始に広島の実家へ帰省するための飛行機を既に予約した。

帰省して何か特別なことがある訳ではなく、今年の出来事、仕事のこと、東京での生活などの話をしながら食事をして、ごろごろしながらテレビを見て、また食事をするという典型的な寝正月を過ごすだけである。

しかし、帰省してお酒を飲みながら両親にする土産話というものは、どういう訳か話が大きくなってしまう傾向にある。

例えば、事実としては下っ端のスタッフとして参加しただけの仕事であったとしても、自分がとても重大な仕事を任せられていて、みんなから高く評価されているのだということになり、さらにエスカレートして、最後にはその大きな仕事はいかにも自分が中心に進めているのだということになってしまうのだ。

また、本当は「東京にはこんなに凄い人もいるんだよ。」という話をしようとしたはずなのに、いつの間にかその主人公が自分にすり替わっていたりするのである。

そんな僕のほら話を、母親は「お母さんには分からないけど、大したもんじゃね〜」と嬉しそうに聞いてくれるのだが、そのタイミングで僕は「そりゃそうよ。お母さんなんかに分かるわけないよ。」などと嘯くのである。これは第三者的に見ると、僕はかなり酷い奴で、恐らく親に対してでなければ許されないであろう。

しかし、なにしろ相手は僕がオギャーと生まれたときから親である。
自分の息子がそんなに立派であるはずがないことや、他の人より秀でた才能など持ち合わせていないことは、すべてお見通しなのである。

20代の頃、一度だけ仕事が忙しくてどうしても帰省できない年があった。電話で今年は忙しいから帰れそうもないことを伝えると、「正直に言いなさい。お正月に帰れない程仕事が忙しい訳がない。帰るお金がないなら送るから。」と言われた。僕は「そんなんじゃないよ。本当に仕事が忙しいんだ。」と必死に説明しなければならなかった。

また、30歳を過ぎて今の会社を設立するにあたり、勤めていた会社を退職した際も、心配するので両親には伝えていなかったのだが、ある時、姉貴がちょっとした用事があって会社に電話をしたことで、僕が会社を退職していることが発覚してしまった。姉貴からは、僕が会社をクビになったらしいという連絡が両親に伝わった。(どうしてそうなるのか…)
突然、実家からパンツと靴下と缶詰が詰まったダンボール箱が送られて来て、「まだお前一人ぐらいは食べさられるだろうから、すぐに広島に帰って来い。」というような手紙が添えられていた。

つまり、僕のほら話は全く両親には信用されていなかった訳である。

後から母親に聞いたところによると、「あいつは大きなことを言っていたが、問題を起こして会社をクビになったに違いないから、とりあえずパンツと靴下が必要だろう」と思ったらしい。どうしてそういう発想になるのかが不思議である。

まあ、なにしろ僕が東京に就職することが決まったときに、開口一番「じゃあ、傘は折畳みと普通のと2本いるね。」と言った母親である。全く意味が分からない。
しかも東京に送った荷物の中に、使い古して柄のとれたフライパンが入れてあったのには驚いた。普通は新しいものを入れるだろうよ。
母親曰く、「あれは使い易いから」だそうだ。柄の付いてないフライパンが使い易いか?

今年、そんな母親の状態が良くない。
C型肝炎 → 肝硬変 → 肝臓がんと病気が進行している現実においては、どう考えてもタイムリミットまでに残された時間はそう長くないと思われる。

もしかしたら、今年の帰省が最後になるかも知れない。

今年こそは、僕もほら話などしてないで、もっとやるべきことがあると思うのだが、実際には何をして良いか分からない…

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前川@ドリーム・アーツ

 

※このエントリはZDNetブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および ZDNet編集部の見解・意向を示すものではありません。

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