我が家の幼稚園騒動

前川賢治(Kenji Maekawa) 2017-01-27 10:30:00

昨年の後半から、我が家の話題はもっぱら娘の幼稚園に関することが多くなった。
娘をこの4月から幼稚園に通わさなければならないのだが、あと1ヶ月で3歳を迎える現在に至ってもなお、娘の話す言語は完全なる宇宙語であり、人類である我々とは家族ですら会話は全く成立していない。
通っているリトミックや体操教室でも他の子供とのコミュニケーションが取れないために、いつも一人だけ別世界にいて誰からも相手にされていないこの宇宙人さんを幼稚園に預けて本当に大丈夫であろうか?という心配と、世の中的に待機児童問題が大きく取り沙汰されている状況で、果たしてこの子が入れる幼稚園があるのだろうか?という不安が重なった状態で娘の幼稚園探しは始まった。

娘が宇宙人さんであるのはどうも僕の遺伝子のようで、僕自身も子供の頃は同じく宇宙人(もっと重症だったらしい)であったため、母親が幼稚園に通わせるのを断念したらしく、実は僕も幼稚園には行っていないのであるが、そうは言っても昔の田舎とは違うし、親としては我が子には人並みの幼稚園に通わせたいと思うものである。
しかし、僕はこの時点で保育園と幼稚園の違いすら分かっていなかったのであるから、幼稚園探しの件については完全に嫁さんが主導権を握ったことは自然の流れであり、唯一僕の出した条件は、自宅から歩いて通える幼稚園にして欲しいということだけであった。

娘の成長度合いを考えると無謀としか思えないのだが、基本的に、嫁さんは娘に幼稚園のお受験をさせる方針であった。
時折嫁さんが仕入れて来る先輩ママ友達のお受験に関する情報は、僕にとっては単なる噂話のようにしか聞こえなかったのだが、僕らが渋谷の街中に住んでいる以上、自宅から徒歩圏内という条件だとお受験も仕方ないかと思ったことに加えて、所詮は相手に完全に主導権を握られた事案に対して僕に抵抗する術がある訳もなく、いつの間にか僕も娘のお受験対策に巻き込まれることになってしまったのである。 

結局、娘を有名なお受験対策の幼児教室に通わせることになったのだが、幼児教室というのは子供に対してというよりも、むしろ親に対する受験対策の意味合いが強いようで、僕も何度も面接練習に駆り出された結果、幼児教室の先生に「お父さん、その髪型では絶対に無理です。」とキッパリ指導を受けたのには流石に閉口した。

幼児教室で指導される幼稚園受験のしきたりやローカル・ルールに加えて、ママ友の情報やらネット上で語られる情報やらは、とても本当のこととは思えないものも含まれている。

●面接時の服装や髪型、持ち物に関する指導多数。
髪を1日染めして後ろに固めた上で、きっちり指導された通りの服装に変身して面接に望んだ。勿論、入退室時のご挨拶も約束通り。ただし面接での会話は計画通りにはいかず。

●合否の半分以上が決まると言われる願書の書き方に関する指導多数。
添削を受けて何度も書き直し。休日に僕がパソコンで書いて嫁さんが手書きで清書する作業の繰り返し。最後はもう意味わからん。

●面接の前に紹介者を立てて身上書を持って挨拶に行かなければならない。
幼児教室では必ず行ってくださいと言われたのだが、僕らに紹介者がいるはずもなく、仕方なく紹介者なしで身上書を持って行ったら「紹介者はいらっしゃる?」と聞かれたが、結果的にはあまり関係なかったらしい。

●事前に運動会などの行事および見学会に参加してお手紙を書かなければならない。
多くの場合、志望する幼稚園の行事にはローカル・ルール(服装など)に則って夫婦で参加するとのこと。みんなそんなに暇人なのか?と思うが、後で聞いたら、本当にすべての行事に参加してその都度お手紙を書いたという人が何人もいた。

●どこそこの教会に通って慈善活動の実績を願書に記入しなければならない。
嫁さんは娘と教会に通っていたようであるが、僕は一度も行っていない。しかし、お受験組のほとんどのお父さんは毎週教会に通っているらしい。

●願書に貼る親子写真はどこそこの写真館で撮ったものが受かりやすい。
これはほとんどオカルトの世界である。実際に僕の友達はわざわざその写真館まで親子写真を撮りに行ったとのこと。

結果、家が近いというだけで志望した最難関と言われる幼稚園には、努力の甲斐もなく見事に不合格であった事実から考えると、幼稚園の選考基準がよくわからない以上、確かにお受験対策の幼児教室が必要とされる土壌はあるのだろうと思うし、いろんな噂が先行して飛び交うのも分かる気がする。 

しかし、それ以外の幼稚園については、聞いていたお受験の様子とは随分異なり、保護者面接もいたって普通で、選考というよりも確認を目的とした程度のものであり、特別に準備などする必要もなかったと思われるのだが、実際には、受験会場に来ていた親たちは、ほぼ全員が子供を幼児教室に通わせて、見事に我々と同じようなお約束通りの準備をしてきている模様であった。 

結局、娘は自宅から歩いて通えるミッション系の幼稚園に通えることになったが、これがまた、この幼稚園は特別に入園料や授業料が高い訳でもないのにセレブ幼稚園と分類されているようで、ネット上では入園後のしきたりやママ・カーストにまつわる様々な噂が飛び交っているのである。しかし、少なくとも僕がセレブに入らないことだけは事実であるので、人の言うことを何でも真に受ける傾向にある嫁さんに対しては、テレビドラマの見過ぎだと思われるような、つまらぬ噂を鵜呑みにしないでねと釘を刺しているところである。

仕事の上でも、コミュニケーションのラインが増えていくと、嘘ではないが事実でもないようなことに振り回された経験は誰にでもあるのではないだろうか? 

僕の経験上も、誰かから伝え聞いた話のニュアンスと本人の真意とが全然違っていたということや、嘘ではない部分よりも事実ではない部分の方が強調されて、結果として事実とは全く異なるニュアンスで伝わってしまうことはよくある。
特にメールの Cc や Fw で送られて来た内容の一部だけがコピペされて、さらに誰かに伝えられたようなことは、その一部だけが強調されて元々の全体感は欠如してしまい、ニュアンスや真意はすっかり揮発させられてしまう傾向が強いため、余計にその情報だけを鵜呑みにするのは危険であると思う。

僕らの会社の合言葉の一つに、「現本主義で進め」というのがある。
 「現」とは、いわゆる現場、現物、現実の三現主義を示すものであるが、「本」というのは本人という意味で、伝え聞いたことだけを鵜呑みにせず、本人から直接聞いて事実や真意を確認しようぜという意味を持っている。 

今は社内外でのコミュニケーションの中心がメールである場合が多いが、送受信の双方がメール以外でのコミュニケーションの手段を面倒臭がってしまうのは如何なものだろうか。場合によっては、ちょっと本人と電話で会話すればすぐに解決することもあるだろうし、文字だけでなく声を交わすことで伝わるニュアンスもあるだろう。 

また、最近はメールに替わってグループでリアルタイムに情報を共有できるチャットが社内コミュニケーションの中心になりつつあるが、時代によってコミュニケーションの手段は進化しても、「現本主義で進め」の精神はツールでは補うことはできない。 

僕らの会社も関係する人が新しくどんどん増えていっている現状においては、過去の暗黙知が通じないコミュニケーションのラインが一気に倍増しており、僕ら自身が会社のスローガンである「Arts of Communication」の本質を意識して体現していかなければならない。

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前川@ドリーム・アーツ

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