Free At Last

八田真行(Masayuki Hatta) 2006-02-15 23:15:44

パソコン雑誌の休刊が相次いでいる。また、ボーランドが開発ツール事業を売却したそうだ。そういった最近のニュースを見ていて、隔世の感を感じつつ以下のようなことを思った。

昔々、といっても今から高々十数年前のことだが、私がパソコンに触り始めたころに主流だったOSはMS-DOSだった。そもそもハードウェアのスペックが現在と比べて著しく低かったということもあるし、当時としてはやむを得ない部分もあったのだろう。過去を現在の基準で裁断するのも無茶なことだ。しかしそれにしても、MS-DOSはプロプライエタリなのはもちろん、極めて不安定で使い勝手の悪いOSだった(ついでに言わせてもらえば、Windows 3.1も実にひどいOSだった)。少しでもパフォーマンスを改善しようと、裏技、今風に言えば「バッドノウハウ」を仕入れるために、せっせとなけなしの小遣いをはたいてパソコン雑誌を買っていたのが懐かしい。

OSのみならず、当時はソフトウェアと言えばプロプライエタリなのが当然で、値段も数万から数十万する高価なものばかりだった(本当に大昔のMS-DOSにはMASMがついていて、しょうがないのでこれをしばらくいじっていたくらいである)。しかも、少なくとも当時私が触れることができたものに関して言えば、その値段に見合っているとはちょっと思えないような出来のものが大半だったように思う。ここをちょっと直せばもっと便利になるのになあ…というパターンが多く、イライラさせられたものだ。頭に来てバイナリエディットや逆アセンブルを試みたこともあった。

当時とりわけ高価だったのが開発環境だ。CやPascalのコンパイラは、どれも小中学生には高嶺の花だった。高校生くらいになって、ようやくボーランドのTurboシリーズに手が届くかなあ、といった程度だったように思う。また、一般人が読めるようなソースコードも、雑誌に載るような短いサンプルを除けばほとんど出回っていなかったような気がする(ダンプリストが載っている雑誌は昔からあったが、あれは打ち込むためのもので、少なくとも私にとっては読めるものではなかった)。私の記憶が確かならば、そんな中Turboシリーズには結構まともに動く表計算ソフトウェアのサンプルコードがついていたような気がする。とはいえ、白状すると読んでもよく理解はできなかったのだけれど。

さまざまな「オンラインソフト」(確か当時はこう呼ばれることが多かった)が、雑誌付録フロッピーという形で頒布されるようになったのがいつ頃か、正確には覚えていない。私はパソコン通信をやっていなかったし、大学にもいなかったので、そういったソフトウェアがどこかで無料で流通しているなどというのは全く想像の埒外だった。そういったものの存在自体に相当な衝撃を受けたものである。しかも、それらが往々にして、高価な売り物のソフトウェアを機能的に凌駕しているなんて。LSI-C86試食版のような優れた無料の開発環境が実際に手に入るようになったのも、そのころだったのではないか。そして、一般家庭にもインターネットがやってきた。これまたひどく遅い、そして深夜しか(テレホーダイだったので)使えない代物だったのだけれど。

そして同時期に、雑誌の紹介記事か何かで「GNU」の存在を知った。海外では驚くべき水準のソフトウェアを書き続ける集団があり、それは誰でも無料で利用でき、しかもソースコードがついている。それをどうやらFree Softwareと呼んでいるらしい。最初はそもそも読み方が分からず、ジーエヌユーかなあと思っていたくらいだし、RMSが誰かもGPLが何かも知らず、「Free」についてもてっきり無料のことだと思っていた。今から思えばかなり怪しい理解しかしていなかったのである。しかし、少なくともそれは私の積年の不満を解消してくれるようなもの、そしてなによりとてもカッコイイものに思えたのだった。その後しばらく経って386マシンが主流となり、ようやくDOSエクステンダ上で動くGCCやEmacsが登場したのではなかったかと思う。当時の実物は、決して便利とは言えない代物だったのだけれど…。その後、アメリカに留学している間にGNU/Linuxの存在を知り、現在のていたらくに至る。

長々と昔話をしたが、お話したかったのはこういうことだ。ようするに私は、コンピュータを使うということが本質的に「不自由」だったころのことを、ある程度身に染みて、はっきりと覚えているのである。言ってみれば、不便なところに手を入れたい、あるいは中身を知りたい、情報を手に入れたいという渇望であり、またそれを阻害するものを打破しようとする意志でもある。さらに言えば、そういった意志を何らかの行動に移すこと自体をカッコイイと思うような感覚だ。そういったものが、私が自由ソフトウェアを支持している「気分」の根底にある。それは、私よりもやや年かさのハッカーたちとも共有する感覚のようにも思う。

翻って現在の状況を鑑みると、私たちはすでにかなり「自由」であるように思われる。少なくとも私が昔望んでいた程度には。すでに私はGNU/Linuxを日常的に利用しており、ほとんど何の不便を感じていない。この原稿も、GNU/Linux上のEmacsやFirefoxを使って書いている。また、私は不埒な人間なので自由ソフトウェアを語りつつWindowsもMac OS Xもほぼ日常的に利用しているが、確かに何かの拍子におかしくなることはたまにありこそすれ、昔に比べれば遙かに安定しているし、使い勝手も良い。まともな開発環境も、大概の言語に関してオープンソース、あるいは少なくとも無料で簡単に手に入るし、膨大な量の良質なソースコードも、インターネット上から簡単に手に入れることができる。だから、最近コンピュータを使い始めた若い人たち(私も年齢的にはかなり若い部類に入るのだが)にとっては、自由ソフトウェアを志向する必然性や切実さは、逆にあまり無くなってきているようにも思えるのだ。そもそもハックそのものの麻薬的な楽しさは、実はソフトウェアの自由とはあまり直接的な関係がない。Googleに入ってプロプライエタリなソフトウェアを書いていても、同じ喜びは味わえるだろう。給料も高そうだし。

私自身、これまでは開発者の個人的な倫理や義務感、ある意味での非合理性に立脚するのではなく、皆が合理的に、あるいは功利的に考えれば、自由ソフトウェア/オープンソース(厳密にはオープンソースによるバザール)という開発形態を選ぶ可能性がある、というようなロジックやビジネスモデルの構築に力を傾けてきた。たまに勘違いをしている人がいるようだが、それこそ自由ソフトウェアやオープンソースが十把一絡げに「共産主義」のごとく見られていた頃から、オープンソースにおける企業の重要性について繰り返し指摘してきたのは私だ。現在の状況を見れば、それはある程度所期の成功を納めたような気もするのだが、まだまだ足りない。オープンソース・ビジネスこそがソフトウェア産業のスタンダード、というような世界が現出すれば、おそらく黙っていても優れた人材の流入は増えるだろうし、日本におけるソフトウェア産業の脆弱さ、そしてとりわけ日本における自由ソフトウェア開発者の高齢化問題は自然と解消されていくのかもしれない。

そう思う一方で、本当にそれだけで今後もオープンソースというエコシステムを支えていけるのか、私はやや自信を失いつつある。言い換えれば、今後自由ソフトウェアやオープンソースがより一層の成功を収め、当たり前のものになっていくにつれて、暗黙のうちにそれを支えてきた「気分」はどんどん薄れてゆき、明確なものとしては見えにくい基盤が堀り崩されていくのではないか、という漠然とした危機感を感じるのだ。企業が企業の論理でここ数年のオープンソースの隆盛を下支えしてきたのは確かである。しかしそれ以前に、今まで述べてきたような「気分」、あるいはハッカー「気質」が支えてきた部分も案外に多かったのではあるまいか? あるいは、こういった気分や気質を失って潜在的な危険に鈍感となり、たとえば洗練されたDRM(DRMは別にコンテンツの権利処理がどうのこうのという文脈でのみ問題となるわけではない。Trusted Computingなどにも見られるように、DRMによって様々な形で引き起こされる脅威は数知れないのだ)が静かに普及していき、いつの間にか自由ソフトウェア/オープンソースを成立させていた前提そのものが失われるような事態に陥らないだろうか? 私たちは今や十分に自由だ。少なくともそんな気はする。喜ばしいことである。しかし、それは持続可能なものなのだろうか? 私たちは本当に自由になったのか?

※このエントリはZDNetブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および ZDNet編集部の見解・意向を示すものではありません。

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