PMになりたくない症候群

斎藤昌義(さいとう まさのり) 2010-04-17 12:37:36

 「最近、PMになりたくないというエンジニアが増えて、会社でも問題になっているんですよ。」 

 毎週水曜日の夜に開催している「ITソリューション営業塾」の後、参加者との会食で、ある大手ソリューション・ベンダーの方から、そんな発言があった。 

 私はその話しを聞いて、「まあ、いつの時代にも、そのような人はいますよ。今に始まった話じゃない。せいぜい、10人にひとりいるかいないかじゃないんですか?」 

 すると、別の会社の方が、 

 「いや、そんなことはありません、うちの場合は、10人いたら半分は、そんな感じです。」 

 すると、他の方も同感だと相槌を打った。 

 「聞くところでは、新卒の入社面接で、『私はPMを目指しています』といいなさい・・・という指導を受けているそうです。PMになろうという人が少なくなったので、このような発言をすると採用されやすいからだそうです。」 

 いやはや驚いた。 

 なぜPMになりたくないのだろうかという質問に、「PMになっても、苦労するだけで何もいいことがない」という答えが返ってくるという。 

 では、PMになることが、昇給や昇進のキャリア・パスになっていないのかというと、そういうことでもないらしい。PMは、確かに大変な仕事ではある。しかし、社内における評価は高く、やりがいのある仕事と感じている人も少なくない。 

 ではなぜなのだろうか。こんな意見が出た。

 ・仕事を任され、その責任を持つことが、いや。

・他人を束ねるために、人に関わることが、いや。

・人と競いたくない。

・人に厳しく評価されたり、悪く見られたりはしたくない。

・大きなことは望まない、そこそこで十分。

・自分の好きなことができればいい。 

 本当にそうなのだろうか。 

 確かに、学校教育の問題もあるだろう。一等賞のない運動会。学力テストの成績や順位を曖昧にする成績評価制度。「勉強しすぎ」は悪いことといわれ続けたゆとり世代。社会が競争であることをタブー視している中で育ってきた若者たちに、親父目線の価値観を押し付けるのも酷なのかもしれない。 

 もうひとつは、公共心の喪失ということもあるのかもしれない。これも広い意味では、教育問題なのだろうが、自分達が社会に活かされている存在であるという自覚の欠如である。 

 「世のため、人のため」ではないが、社会に貢献することで、世の中が豊かになる。その見返りとして、自分達もその恩恵を受ける。だから、自分も「世のため、人のため」に成長しようではないかという意識である。 

 世の中が豊かになり、与えられることが当たり前の世代。誰かが与えてくれるであろうという漠然とした安心感の中で、何をがんばる必要があるのかという思いが、あるのかもしれない。 

 しかし、本当にそうなのだろうか。振り返れば、自分が、大学を出たばかりのころは、似たようなものではなかったのか。 

 彼らに、「PMになりたくない」といわせるのは、世の中が悪いから、教育が悪いからと責任を転嫁しているようで、なんとも居心地が悪い。ことの本質は、もっと別のところにあるのではないかと思っている。 

 車を走らせていると、「あっ、こんなところに信号があっただろうか」と思うことがある。また、今までなかった、狭い道にガードレールが作られ、走りにくくなったなぁと思うこともある。 

 しかし、信号が減らされたり、ガードレールがなくなるといった経験は、かつて一度もない。安全のためという大義名分のもとに、こんなところにほんとうに必要ないだろうと思うようなところにも、どんどん作られてゆく。しかし、それらが、「あっ、なくなってる」という経験はまったくない。 

 会社でも同じことが言える。業務手順や社内ルールは、増えることがあっても減らされることはない。コンプライアンス、環境対策、個人情報保護・・・どんどんと規制やルールは増えていっても、減らされることがない。 

 その精神を考えれば、もはや過去のルールは廃棄してもいいのではと思えることも、ルールを減らすことは、タブーであるという意識が働いている。その結果、過剰なまでの規制意識、コンプライアンス意識が、リスクを犯してチャレンジすることを許さない。とにかくリスクを徹底的に排除するといった風潮を生み出しているのではないか。 

 いい仕事とは、画期的なこと、「そこまでやるのか!」とおどろかれるような仕事をすることではない。そこそこでもいいから、絶対に失敗しない、確実で、無難に成果を出す事を評価する。 

 先日、ある研修会社で、新入社員研修の日報をオンラインで書き込み、人事担当者がコメントできるシステムの開発に関わった。 

 新入社員研修が始まり、その使い勝手や課題などを伺った折、お客様の人事担当者から、「受講生が日報を書き込んだ際のタイム・スタンプを消すことはできないか」という相談をうけたという話しを聞いた。 

 タイム・スタンプがついていると、就業時間後や休日に仕事をしたということが、明らかになるのでまずいというのである。 

 そこまで、意識しなければならないのかと、その人事担当者の心情が思われ、ちょっとかわいそうになってしまった。 

 ルールで縛り、リスクを犯す事を絶対に許さない。もし何か問題が起こっても、それは「あってはいけないこと」なので、表に出すことができない。相談できない。仕方がないので、自分で抱え込んでしまう。最初は些細なことで、何とかなるだろう、何とかできるだろうと考えていたものが、どんどんと事態を深刻なものにしてしまう。それに耐え切れなくなり、心の病で苦しむ人も出てくる。

  最初は、仕事を任せていた上司が、なにか問題が起きそうになると、そんなことをやらした覚えはない。本人が自分で判断したこと。自分には関係ないとはしごを外す。  

 そんな苦労はしたくない。だから、大きな仕事、責任のある仕事、チャレンジはしたくない。「PMになりたくない症候群」とは、そんな会社が、自ら生み出した過剰な「自己免疫疾患」ではないのだろうか。 

 不安もあるが、希望に満ちた若者たちである。いろいろと大人たちは言うが、彼らにも熱い思いや意欲がある。それをどんどんと萎縮させ、「PMになりたくない」と言わしめているのは、大人達ではないのか。そんな自分達の責任を棚に上げ、「最近の若い者は・・・」と嘆いている。実に滑稽なことではないか。 

 今年度、ゆとり世代の第一期生が、新入社員としてやってきた。大人たちは、そんな彼らを心配し、疑心暗鬼になっている。しかし、まずは、自分の足元を見るべきだ。 

 かれらの可能性を開花させ、会社に貢献してくれる人材として育てるのは、職場の環境である。若気の至りを許し、何かがあれば、いつでも相談に乗り、助けを差し伸べる、そんな彼等の心のセーフティ・ネットを用意することではないのか。

  自分達が築き上げてきた環境を省みることもせず、彼らを、ゆとり世代だ、草食系だ、覇気がないなどとは、軽々しく言うべきではない。 

 そうさせているのは、自分達だという、大人としての自覚が必要なのではないだろうか。

追記***

このブログに「まさぼう」さんから、大変参考になるコメントを頂きました。私とは異なる視点からのコメントに、新しい気付きを頂きました。 ぜひ、コメント欄も併せてご覧ください。

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※このエントリはZDNetブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および ZDNet編集部の見解・意向を示すものではありません。

14件のコメント
  • しゃっく

    私はゆとり世代ではありませんが、「ゆとり」という言葉に悪いイメージはあまり持っていません。
    人が豊かであるということが、物質的なことではなく、人間関係や心の平穏、自然との共存など、
    かつて当たり前にあった部分へ回帰していってるだけだと感じています。

    2010年04月22日

  • つか

    PMやっても給料ふえねーのに仕事は倍増。だれがやりたがるねん。

    2010年04月21日

  • ぼけなす。

    ある時クレーム処理でお客さんへ行って何回かの打ち合わせ後これでおしまいにしましょうと言うところまで進展してきたが同行した上司が後ろから切ってきて話が継続になってしまった、こんなことを見たり聞いたりしていればPMなんてなりたくないでしょう。
    又ある時は、新製品で問題が発生し期日に間に合わないと注文がキャンセルになると・・・・・・手伝えって、手伝うといううか主体になってなんとか期日にまにあわせてよかったがあとで査定が悪かった、手伝ってあげた人は、よかった、どうして、何のことは、ない、責任要員だったが
    物ができて上司は逆に困ったらしい。ばかみたいなことが現実にはたくさんある。

    2010年04月21日

  • ぶひゃ

    アホは、直ぐにアブレビ使いたがるから困るな。

    2010年04月20日

  • 斎藤昌義

    まさぼう さん

    コメント有難うございます。

    ご指摘の点は、同感ですね。今、私たちの「ソリューション営業モデル研究会」でも、営業の仕事を考えるとき、営業職の仕事と営業という仕事を分けて考えようということにしています。つまり、役割と機能、ミッションとロールを区別しましょうという考え方です。

    そう考えると、PMもまた、ひとつの機能と考えるべきです。

    下記の「PM研修講師」のコメントにもありますが、昔からPMになりたくない人はいました。それは、PMという機能を果たすより、PGあるいは、他の機能にこそ、自分の力を発揮できるからという、積極的な観点といえます。

    私が、このブログで問題提起したかったのは、このような積極的な思いからの「PMになりたくない」ではなく、もっと絶望的、あるいは、消極的な「PMになりたくない」の原因を指摘したかったからです。

    ご指摘の通り、タスクとしてPMを捉えるという考え方も、上記のミッションとロールとつながる話しかもしれませんね。

    2010年04月20日

  •  

    で、PMって何さ

    2010年04月20日

  • まさぼう

    PG < SE < PM という構図(キャリアパス)に私も非常に疑問を感じます。
    これは、 平 < 主任 < 課長 みたいに思っているのだと思います。

    私は、職業は何ですか?と聞かれればPGと答えます。
    では、どんな仕事をしますか?と聞かれれば、
    プロジェクトマネージもするし、運用設計も業務設計もします。
    新規サービスだって立ち上げます。そうなれば、もちろん、プログラム以外の仕事だってするという事です。
    お客さんのところに一人で乗り込んで、お金やら障害やらの問題解決だってします。
    必要なら部下をもち、その管理だってします。
    すべて、それらは目的達成の為の「タスク」です。もちろん、プログラミングだって「タスク」です。

    それでは、あなたはPGではない職種なのですね?(PMですね?)
    と聞かれれば、やはり「いいえ、プログラマです」と答えます。

    でも、私も「現在のPMという役割」に興味がないと書いたように、
    PG < SE < PM という、PGはSEの下請け、 SEはPMの下請け、PMは上司、客の下請けみたいな構図になっているなかでの、PMという役割には興味がありません。
    つまり、それぞれが苦痛からの脱却というキャリアパスになっているのではないでしょうか?
    であれば私は、「PMになりたい」という、いじめられるぐらいなら、いじめる側に回りたいという主張が出ないことに、むしろ、よい方向性を感じます。

    多くの人が、自分の仕事を気持ちよくやりたい、顧客に本当にいい価値を提供したいとか考えたらプロジェクトのコントロールは必要だとは、それは下請けになればなるほど痛感しています。

    >好き好んで、苦しい道を選ばないでもという人と、人と人とのコミュニケーションが苦手や嫌で、機械相手の仕事が好きといった傾向です。
    なんてのは、単にまともに断るのが面倒だから、そう言っているという部分もあるのです。
    あまり、その言葉通りに真に受けなくてもいいと思います。
    それに、実はPG(技術者)は仕事という目的達成の為の人とのコミュニケーションはかなり得意な部類だと私は思います。(週末ゴルフしましょう。いいですね。では私が車を出しますよ。メンバーもあと二人用意しますねみたいのは苦手ですが・・・)
    オープンソースなどをみてみればわかると思います。全く顔も、実際に話したこともない人同士でコミュニケーションして、1つのものに仕上げていく能力と手法を知っているのです。
    (実は、この手の手法はかなり洗練されているのですが、PG(技術者)は苦手というイメージだけでそこからテクニックを吸い上げようともしない人が多いのも非常に残念です。)

    なので、PMという会社が用意した中途半端な役職に興味がないのです。
    プロジェクトマネージという「タスク」にしたら、やってみたいという人も結構いるのではないでしょうか?

    2010年04月20日

  • 斎藤昌義

    shelaさん
    コメント有難うございます。

    ご指摘の通り、エンジニアをどう育成すればいいのか、その戦略がない企業も少なくありません。
    技術力の強化、総合力の強化をうたいつつも、その内容や戦略、そして具体的な育成の手立てもないままに、現場に放り出している。

    「OJTというほったらかし」でも指摘したところですが、人という大切な事業資産を効果的に活用する戦略を持たないままの現場主義は、自助努力にたよるだけであり、「自分でできる人間だけが残ってくれれば、それでいいんですよ。」といってるも同じではないかと思うのです。

    PMになりたくないのも当然でしょう。しかし、他にキャリアパスの選択肢もないとすれば、一体何を目指せばいいのでしょうか?

    2010年04月19日

  • 斎藤昌義

    このブログに、実に様々なご意見を頂いております。
    私の視点とは、また違う切り口から、この現実を掘り下げていただいております。

    皆様と共有する価値は、十分にあると思い、下記に掲載させていただきます。

    --------------------------------------
    [PMやプロジェクト管理の専門家・PM研修の講師]

    PMになりたくないエンジニアは、以前から結構居ました。
    好き好んで、苦しい道を選ばないでもという人と、人と人とのコミュニケーションが苦手や嫌で、機械相手の仕事が好きといった傾向です。

    子供の時からの訓練や性格にもよりますが、余り良い傾向とは言えません。
    まして会社としては、サービス・ビジネスの根幹にかかわりますから。
    将来、インド人や中国人のPMに日本人のエンジニアが使われる時代が来るかもしれませんね。

    --------------------------------------
    [SIerの人事・育成担当者]

    gadgetが増えたせいか、社会そのものが、「これだけはするな」という指導・ガイダンスから「こうしなさい」に変わった気がします。

    gadgetはあくまでgadgetであって、必須ではないはずなのにそれがway-of-lifeを既定している逆立ち現象を感じます。

    多分そのように育てている結果、大きな失敗何度も起きるのでしょう。

    ----------------------------------------
    大手SIer 営業力強化・育成 担当責任者

    PMだけではなく、弊社であれば課長職になりたくない、意見も多いです。

    要は、社内のPMや課長職の方々が魅力的に映っていないからだと思います。
    社内の締め付けに対する不平不満、愚痴、トラブルに立ち向かう姿勢!ではなく、疲弊した表情、こんなのを見ていたら誰だってなりたくない、と思います。

    大変であろうが、やりがいを感じ活き活きと仕事をしている姿が見えれば、ゆとりだろうが何だろうが、あんな先輩になりたい、と思うのが心情かと思います。

    成長志向、向上心が薄い若者が多いのは、今の日本の先輩達の日々のスタイルがそうさせているのではと感じます。

    政治家のように、秘書がやったから知らない、ってそんな無責任な大人を見ていれば人生馬鹿らしく、見えてしまうものなんでしょうね。

    一人ひとりが魅力的な大人にならないと若者が育たない。

    そんなところでしょうか。

    2010年04月19日

  • shela

    まず、大半の会社がPG→SE(中小企業ならPMと同等)というキャリアパスしか認めていない、日本のIT業界の仕組みがおかしいと思いますね。
    技術者の中には、技術一辺倒でSEとして案件コントロールをすることには全く興味がない人も多いはず。そういった人たちの受け皿が用意されていないのが問題でしょう。

    また、PGもろくに経験せずSE(PM)になっている場合もかなり多いでしょうし、そういった人がうまく案件コントロールができるとは思えません。その結果、負担がかかるだけでなんのメリットもないPMという立場ができあがるわけです。
    少人数、短期、安い、を求められる状態が続いていることも、それにさらに拍車をかけている気がします。

    2010年04月19日

  • 斎藤昌義

    The Right Stuff さん

    アドバイス有難うございます。
    まだまだ、勉強不足ですね。大切な教訓とさせていただきます。
    ご指摘、感謝します。

    PM = Project Manager

    2010年04月18日

  • The Right Stuff

    “文章を書く”という仕事の基礎ができていない方の文章は、見るに堪えません。
    「PM」という省略語を用いておいて、一度も短縮していない用語を書かず、
    一切説明をせずというのは、基礎の基礎ができていない証拠。
    こんな“文章書き”が対価を得ているとしたら大変なことです。
    “文章を書く”という仕事を舐めているとしか思えない。
    他人に教えるなんて、もってのほか。先ずは自ら勉強をして出直してきてほしいものです。
    こんな人の内容なんて、読む気にはなれません。

    2010年04月18日

  • 斎藤昌義

    まさぼう さん
    コメント有難うございます。

    私とはまた違った切り口からのご指摘に、なるほどと考えさせられました。
    単なる雑用係ではなく、プロデューサーとしてのPMが求められているはずなのに、なんとも情けない現実です。これでは、「PMになりたくない症候群」もますます広がってしまうのではないかと、やりきれない思いです。

    このコメントには、たくさんの気付きを頂きました。Twitterでも紹介させていただきました。

    2010年04月17日

  • まさぼう

    現在のPMという役割が非常に魅力がない、役割というのに私は同感です。

    現在は、法律、技術、または会社からの売り上げ、市場動向といろいろな知識が必要になってしまい、
    メンバーからも、会社からもサポートがないからではないでしょうか?

    いろいろな会社でPMを見てきましたが、かわいそうで仕方がなくなります。

    PMなので、1つのことを極められなくても、全体を見ることができればいいのでしょうが、
    なかなかそれができるといえる人はいないのではないでしょうか?

    たいていのプロジェクトでは、それぞれのエキスパートを呼んで、彼らだけで話が行われ、決定もエキスパートたちで行われますので、ミーティングなどのスケジュール調整がPMの業務ということになっているケースが多々見られます。

    また、会社の通達事項や案内も現在はメールできてしまい、全員が同じ時間に同じ情報を共有してしまいます。
    それによくあるのが、PMの上司までもプロジェクトのメーリングリストなどに入れることが多々あり、
    外部からきた懸念など、すぐに答えたいために直接エキスパートたちに聞いてしまっている現状が多々あります。

    問題などが起きたときのも、結局メンバーや、社内のプロジェクト以外に人たちも実際にはエキスパートたちのところへ助けを求めてしまいます。

    お客さんのところに行くときにも、エキスパートたちをつれて実際に仕事をしているのは彼らですから、彼らに聞いて下さればいろいろと答えられますと紹介したりするPMすらいます。これではお客の立場としては、話が早いエキスパートたちに直接話をしてしまうのも仕方がないことだと思います。

    そんなときに、「俺がどうにかするから、まず俺に声をかけろ!」という心強い一言が言えれば、それだけでもいいのでしょうが、実際にはまず、見たことがありません。

    そうなると、PMは単なる雑用係としか関係者に認知されないからではないでしょうか?
    また、そう認知されていることをいやいやながらも、受け入れている風潮もあるのではないかと思います。

    PMは各タスクの管理以外にも、会社のルールや、上司の教育を行いプロジェクトを外部要因から守るということをきちんとやらなくてはいけないのだと思いますが、さすがに、現在のサラリーマンとしての教育ではここを期待するのは難しいのではないでしょうか?

    こんな現在のPMを見ていると、窓際族という言葉とほぼ同義語のような感触さえ感じます。

    もちろん、そうではない方もいることは知っていますが、残念ながら何らかのエキスパートの顔を別に持っている方しか私は個人的には知りません。

    なので、個人的に私は、PMというのは外部から調達し、コンサルタントの肩書きをもってやるのがいいのではないかと思っています。そのぐらいの一匹オオカミ的な素養を持っていないと、なかなかつとまらない現状になっているのではないかと思っています。

    2010年04月17日

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