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クラウドの本質:無人コンピューティングのもたらすもの

斎藤昌義(さいとう まさのり)

2011-08-13 11:00

 クラウドの市場動向については様々な統計が発表されていますが、どの調査結果を見ても対前年比何十パーセントの増加であり、数年後には何倍という威勢のいいものばかりです。
 
 それでは、クラウド・ビジネスに積極的に参入することで、事業の拡大のチャンスが手に入ると考えていいのでしょうか。ことは、それほど単純なものではないように思います。
 
 情報サービス産業協会(JISA)の統計をみると、我が国の情報サービス産業の売上高合計は、2009年度には21兆5千億円となっています。これに対してクラウドの市場規模は、調査会社によりその定義の範囲が異なるので厳密な比較はできませんが、2012年度には1千億円から2千億円と推計しています。
 両者の統計の根拠が異なるためこれを同列に比較することは難しいにしても、それでも「クラウド」といわれる市場が、情報サービス産業全体から見て、決して大きなものでないことは想像できます。
 
 また、クラウドの定義についても、厳密な学術的定義があるわけではありません。先日、調査や出版に関わる人から聞いた話では、基本的には企業の自己申告が根拠になっているとのことでした。もちろん、調査する方も裏付けをとって最終的には判断されている訳ですが、膨大な調査対象を精査することは容易なことではありません。
 
 事実、私も多くの「クラウド」をビジネスにされている方々と接する機会も多いのですが、クラウドについての解釈が実に様々あることに驚かされます。
 
 例えば、単なるデータセンターでのホスティングやコロケーションを「クラウド」と呼んでいるところもあれば、自社のデータセンターにお客様個別に専用システムを立ち上げて、それをネットワーク越しに提供しているだけのものもありました。中には、仮想化とクラウドを区別せず話をされている方も少なくありません。
 
 以上のようなサービスをクラウドと言ってはいけない決まりはありません。しかし、このような曖昧な理解がまだまだ多い中、クラウドという市場を見かけの数字だけで理解しようとすることに疑問を持たざるを得ません。
 
 クラウドについては、米国のNISTの定義があります。これは、大変よく考えられており、クラウドの本質を理解する手がかりを与えてくれます。この定義につての解説は多くの方が語られていますので、ここでは申し上げませんが、私なりの理解を少しだけお話ししたいと思います。
 
 以前にもこのブログで紹介したことではありますが、クラウドとは、「無人コンピューティング環境の実現です。これにより徹底して人件費を削減し、システム資源の調達と運用コストを極限まで低減することを目的としている」ということです。
 
 この意味を理解するためには、人件費について日米の理解の違いについて知っておく必要があります。つまり、日本において人件費は固定費です。しかし、米国では変動費であると言うことです。
 
 ITのテクノロジーは日々進歩を続けています。そのためコストパフォーマンスもどんどんと改善され、ついこの前までは数台のサーバーを必要とした処理も、今では一台でも余裕でこなせるなど、当たり前のこととなっています。しかし、人件費はどうでしょうか。過去数年、あるいは十数年上がることはあっても下がることはありません。つまり、人件費を何とかしない限り、システムを所有し利用するコスト=TCOを下げることはできないのです。
 
 クラウドは、仮想化+運用の自動化+サービス化の技術や仕組みを駆使し、この人件費をなくしてしまおうという取り組みなのです。先ほども申し上げましたように、米国の人件費は変動費ですから、人を削減してこれを利用料金に反映させることで低価格のサービスを提供しようとしているのです。日本では、人件費は固定費です。ですから、技術的に追従できても利用料金に反映することは容易ではありません。
 
 クラウドの特徴を「所有から使用へ」と言われることも多いのですが、確かに結果としてそうなるのですが、これは決してクラウドの本質を説明しているものではないように思います。
 
 つまり、これは明らかに開発、保守、運用にたずさわる情報システム部門やSI事業者、あるいはサーバーを販売するベンダーの仕事を置き換えるものなのです。
 
 ユーザー企業の経営者の視点から見れば、これは大変魅力的なものに見えるでしょう。その一方で、情報システム部門の人たちからみれば、仕事を奪う対象と見えるかもしれません。SI事業者にすれば、もはや存亡の危機となりかねません。
 
 先ほどの統計の話に戻りますが、情報サービス産業全体の市場はそれほど大きく拡大するとは思えません。その一方で、クラウドの市場は急激に伸びています。しかも現状ではクラウドの理解が必ずしも厳密ではありません。いうなれば、今までの仕事をクラウドという言葉に置き換えて、数字を書き換えただけなのかもしれないということです。
 
 クラウドの本質、つまり、「無人コンピーティング環境の実現によるシステム資源の調達と運用のコストを極限にまで削減する」という取り組みは、経営上のニーズと一致しますから、間違えなく今後ともますます進んでゆくと思います。その一方で、情報システムの戦略的な活用や、ITを使った業務プロセスや環境のイノベーションへのニーズもなくなることはないでしょう。見方を変えれば、クラウドはこのような取り組みを行ないやすい条件を整えてくれることになるはずです。
 
 ITサービス産業に関わる私達は、ここにもっと関心を持つべきであり、そのための取り組みを進めてゆくべきだと思います。もはやシステム基盤はクラウドに置き換わり、コモディティ化した技術を基盤とした開発や保守は、オフショアに席を譲ることになるでしょう。そうなると、お客様の経営や業務ニーズに直接関わる業務の課題を解決することに答えを用意することしか生き残るすべはないと考えるべきです。
 
 私はNISTの定義にある厳密な意味での「クラウド」の普及を否定するものではありません。むしろ、ますます加速してゆくと思います。その一方で、市場全体が伸びていない以上、置き換えられる業務がかなりの規模で出てくることも避けられないと考えています。その事実に率直に目を向けることが大切だと思います。
 
 クラウドの本質である「無人コンピューティング環境の実現」が意味するところ、そして、それが今の自分たちのビジネスにどのように置き換えてゆくのかという現実を考えなくてはいけないときが、きているのではないでしょうか。


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※このエントリはZDNetブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および ZDNet編集部の見解・意向を示すものではありません。

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