「最先端の田舎」を見てきました

斎藤昌義(さいとう まさのり) 2013-06-08 13:30:00

2013530(木)、羽田からの最終便で徳島に向かいました。羽田を飛び立ち1時間、徳島空港に到着した私は、その日の宿である上勝町の「月の谷温泉」へと向かいました。徳島あわおどり空港から1時間、真っ暗な山中をタクシーで飛ばしました。


ご存知の方も多いと思いますが、ここ徳島県上勝町は「葉っぱビジネス」で一躍有名になったところです。「葉っぱビジネス」とは、日本料理を飾る「つま」の葉っぱを収穫し、全国の青果市場に卸すビジネスです。おばあちゃん達が、ネットつながったタブレットを手に取り、受けた注文を見ながら山に入って収穫する。今ではタブレットを片手に年収1000万円を稼ぐ人もいるのだそうです。




限界集落といわれるこの地域、若い働き手は少なく、過疎が振興している地域だそうです。そこでITをうまく使って、ビジネスに結びつけています。残念ながら、仕事の都合で、当日行われた現場を見る機会は逸してしまいましたが、見学された方々の話を聞き、その感動がひしひしと伝わってきました。ご興味があれば、こちらのビデオをご覧ください。かっこいいおばあちゃん達が、登場しますよ。


翌朝、この上勝町の山をはさんだ隣町、神山町へ向かいました。こちらは、東京や大阪の多くのIT関連企業が古民家を改築しサテライト・オフィスを開設しています。ここに移住し、仕事と生活の拠点を移した人もいらっしゃいました。徳島で一番人口が増えている町だそうです。かつて、過疎の町、限界集落と言われたこの地域が、なぜ、そんなことになったのでしょうか。その理由を知ることが今回の旅の目的でした。




これまで度々被災地を訪れ、未だ復興が進まない現実を目の当たりにしてきました。もともと過疎地域だった被災地は、震災によって、さらに過疎化が加速しています。復興しても、元に戻すだけなら過疎の進行が止まることはありません。新たな産業、あるいはそれを生みだす都会の人たちとの交流人口を増やすことができなければ、真の復興はあり得ないと考えています。


神山町を訪れたいと思ったのは、そんな過疎地の復興に役立つ知恵がそこにはあるのではないかと思ったからです。


おおいに刺激を受けてきました。何かができそうです。今日は、いつもの話とは、毛色の違う話ですが、ITのあらたな可能性を考える上で、参考になるのではと思い、紹介させていただきます。


神山町が、このような変貌を遂げた理由は、「ブロードバンド」、「神山塾」、「お接待文化」、そして、「新しい働き方を求める人たち」というキーワードにあるようです。


ブロードバンド




徳島県は、地デジへの移行に伴う難視聴対策として、10年をかけて全ての集落に光ファイバー網を張り巡らす取り組みを行ったそうです。おかげで、ネットワークの快適さは全国屈指だそうです。地元の人から、「東京ではYou Tubeが途中で途切れるんだそうですね。びっくりしました。」なんて話を聞きました。




東京からサテライト・オフィスに移ってきた人は、「あまりの速さに驚きました。東京ではとてもこの快適さは味わえません。」とのこと。高速の光ファイバーと利用人口の少なさがこの環境を生みだしているそうです。 おかげで、都市部とは大画面でテレビ会議をつなぎっぱなしにし、コミュニケーションに遜色のない環境を整えているところもあるのだそうです。




このようなインフラを作り上げたことが、サテライト・オフィスを開設する魅力になっているようでした。


神山塾

NPO法人グリーンバレーが、厚生労働省の認定を受け、「緊急人材育成支援事業(基金訓練)」および「求職者支援訓練」として行っている取り組みです。イベントプランナー・コーディネーターの養成をめざし、地元の人たちと係わりながら、6か月間の訓練を行っているそうです。先日第4期が終了したそうです。驚いたのは、受講生11名のうち8名がこの町に残って仕事をすることになったのだそうです。訓練の期間を通じ、神山の人と自然に魅了されていったのでしょう。たった1日の訪問で偉そうなことを言うようで心苦しいのですが、たしかにそんな魅力を感じるところです。


人を呼び込み、地元につなげる神山塾。こんな取り組みがあるからこそ、若い人材が、この山奥に集まってくるのでしょう。


お接待の文化:

徳島県は、四国遍路の出発点です。昔から外の人を受け入れ、おもてなしを尽くす文化を育んできたのだそうです。そんな伝統が、神山にもあるようです。




 「こんにちは、大変ですねぇ」、田植えの準備しているおじいちゃんに声をかけたら、笑顔で応えてくれ、しばし田植えのこと、神山のこと、多くの人たちが外からやってきたことへの想いをなまり言葉で語ってくれました。そんな気さくさが、この町のいたるところにあります。




東京からこちらに移り住んだ女性からは、「子ども達が、みんな丁寧に挨拶するんですよ。びっくりしました。」という話を聞き、そういう当たり前ができている土地柄なのだと感じました。だからこそ、外から来た人たちも惹かれてしまうのでしょう。


新しい働き方を求める人たち

豊かな自然、気さくな人たち、高速のブロードバント・ネットワーク。ITで仕事をこなす人たちにとって、何の不足もありません。いや、むしろ都会にはない豊かさが、この神山にはありました。



落ち着きのある古民家を改装したオフィスは、とても洒落ていました。荒れ果てた古民家や蔵を都会の建築家が、その古き良さを活かしながら近代的な建物にリノベーションしている現場を何件か拝見しました。とても魅力的でした。オフィスだけではありません。南仏料理のレストランを構えようと準備している女性にも出逢いました。


新しい働き方を求める人たちが集まり、またその仲間を呼び寄せてくる。そんな循環が生まれているようです。そんな志を共有する人たちが、この町の将来を真剣に考え、地元の人たちと一緒になって取り組もうとしている姿を目の当たりにし、とても感動を覚えました。


レストランの開店を準備されている女性からこんな話を聞きました。


「何かやろうと声をかけても東京じゃあ、人はすぐに集まりません。でも、ここだと、すぐみんなが賛成してくれるんです」。


彼女の声は、明るくとても弾んでいました。



最後に、神山町の魅力やこれからを考えるイベントに参加してきました。会場は、元縫製工場。そこを改築し、共同利用のサテライト・オフィス、「神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス」が作られています。とても近代的なオフィスでした。そこになんと、120名もの人たちが集まってきました。





このイベントで印象に残った言葉があります。神山町へのサテライト・オフィス誘致に取り組むNPO法人グリーンバレーの理事長・大南信也氏の言葉です。


「モノではなく、ヒトとヒトのつながりを中心とした取り組みです。これが神山町にサテライト・オフィスが集まってくる理由なんです。」


切っ掛けは、ITです。しかし、それは切っ掛けに過ぎません。そこにやってきた人が、地元の人、都会の人をつなげ、さらにその人達が人の輪を拡げてゆく。そこに新しい組合せが生まれ、再び人や企業を呼び込んでいるのだそうです。そんな自律的サイクルが今の神山町にはあるのだそうです。


「イノベーションとは新しい要素ではなく、これまでになかった新しい「新結合」がもたらすものだ。」 近代イノベーション論を説いた経済学者シュンペーターの言葉です。古き良き伝統と新しい技術や人々との新結合。神山町は、まさにイノベーションを興そうとしているようです。


果たして、東北の被災地に同じようなと取り組みが可能でしょうか。私にはわかりません。いや、その答えを出すのは私のやるべきことではありません。ただ、こういう取り組みの存在と私が感じたことを伝え、そこに関わる人たちを、被災地の人たちに紹介し、つなげてゆくことくらいはできそうです。






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※このエントリはZDNetブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および ZDNet編集部の見解・意向を示すものではありません。

1件のコメント
  • 通りすがり

    「田舎」って差別用語です。

    2013年06月12日

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