被災地から学んだ素敵な生き方

斎藤昌義(さいとう まさのり) 2014-03-15 12:00:00

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どうすれば雇用を増やせるか、それだけを考えてきました。

小野政道さん、35歳。彼は、あの震災の時まで南三陸町で小さな家族経営の園芸農家をしていた。

「幸いにもうちの辺りは被災を免れ2家族が避難してきました。そのとき思ったんです。この人達、家も仕事を失って、どうやっとこれから生活してゆけばいいんだろうって。」

彼は、ならば自分が雇用を生みだすしかないと決心し、株式会社小野花匠園を設立し、自ら社長に就任した。

「コンビニに菊の花を委託で置いてもらうことにしました。4軒置いてもらえれば、ひとりの給与が何とか払えるんですよ。」

“4軒でひとり”、その想いで宮城県内のコンビニを回って歩いた。そして、今では、繁茂期にはバイトを含めて25名を雇用できるようになった。

「たまたま菊の栽培をしていたので菊をやってきました。でも、別にこだわってはいません。お客様が喜んでくれて雇用が生み出せるから何でもいいんです。」

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これまでモノとして見てきました。でも、今は食品として最高のものをお届けしようという気持ちで漁に出ています。

高橋直哉さん、34歳。地元の養殖漁師で、わかめやホタテ、牡蠣などを養殖している。

「津波で養殖筏(いかだ)が、みんな流されてしまいました。船も3隻あったのですが、2隻流されました。でも、幸いにも一番大きな船は残ったんです。」

彼は、その船“金比羅丸”を修理し、「南三陸ブルーツーリズム」という取り組みを始めた。“手ぶらでフィッシング”や“漁業体験ツアー”など、都会の人たちに来て頂く、これまでこの地域にはなかった新しい取り組みを始めている。

「この地域には20人ほどの20代、30代の漁師仲間がいました。しかし、その多くが土木作業や周辺の街に仕事に出てしまい、最近は車ですれ違って挨拶を交わすくらいです。」

そんな中で、4人の有志と始めたこのブルーツーリズム。去年は台風やシケの日が多くキャンセルが続いたそうだが、それでも手応えを感じ始めているという。

「漁業体験したお客さんが、家に戻ってからもまた、あのホタテ食べたいと言ってくれるんです。」

彼は、そういう人に獲れたてのわかめやホタテを直接送っている。ネットショップで買ってくれる人も増えてきたそうだ。

私は彼にこんな質問を投げかけた。

「養殖できる設備が復旧するまでの、一時的な取り組みなんですか?」

「ブルーツーリズムはこれからもずっと続けてゆきたい。そこでお客様が増えれば、そのお客様がまた買ってくれます。」

「買ってくれる人の顔が見えるようになって、ぎりぎりまで海において新鮮なうちに届けたいと思うようになりました。そのほうが絶対に美味しい。そういうことをしてゆけば、もっといい養殖ができるようになり、養殖の仕事も増えてくると思っています。」

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若いのにちゃんとやるなぁ、そういうふうに認めてもらいたいと思っています。

後藤伸太郎さん、35歳。昨年、南三陸町の町会議員に当選した。

「私が一番若いんですが、私のすぐ上は、55歳なんですよ。」

これが、南三陸町の現実でもある。震災前、一万七千人いた人口も今では一万四千人にまで減ってしまった。しかし、住民票を移さないまま他の市町村に避難している人がいることを考えると実質一万二千人くらいだろうと言われている。過疎化、高齢化がすすむ田舎町だ。

「人口を増やすことは難しいと思っています。ならば、少ない人口の中でどのように生活の基盤を作ってゆくのかを考えなければなりません。」

言葉を選びながら静かな語り口で、南三陸の今を語ってくれた。

「震災を学べる街にできないかと思っています。災害は、これからもどこかで起こります。この町は、大きな災害を体験したのですから、その教訓を伝えることができます。それを産業として育ててゆくことができるのではないかと考えています。」

「僕たちがやるしかないんですよ。でも、若い人だけではうまくゆきません。先輩達に認めてもらって、助けてもらって、任せてもらわなければだめなんです。」

「市議会議員に立候補するようにまわりから進められました。でも、結局は自分がやるしかないと思いました。若いヤツはだめだなんて、言われないように、やってゆこうと思っています。」

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コスト削減のために、とうすれば雇用を減らせるかを腐心する企業が多い中で、全く反対の事を考えている若者がいる。仕事とは本来こういうものではないのか。お客様から遠く離れた三陸の田舎から、都会にいるお客様の顔を見て仕事をしようとしている若者がいる。これこそがマーケティングではないのだろうか。自ら範を垂れ、大人達に受け入れてもらおうとしている若者がいる。私たちにはそういう彼等の言葉を聞く、素直さがあるだろうか。

震災3年目をまもなく向かえようとしていた3月8日(土)、宮城県南三陸町で、若者達の話を聞いた。「ITで日本を元気に!」というIT企業の経営者や関係者が作っている復興支援団体が企画したツアーに同行し、こんな話を聞くことができた。

私は、これまで何度も、この南三陸町に足を運んでいる。そして、おおくの頑張っている人たちに励まされてきた。しかし、こういう若者達が、まだまだこんなにいることを知らなかった。

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久しぶりに訪れた南三陸町の景色は大きく変貌していた。土木作業のトラックが土煙を上げて行き交い、巨大な土のピラミッドが築きあげられている。土地のかさ上げ、巨大防潮堤、自然に立ち向かうそんな行為が本当に許されるのだろうかという想い。一方で、安全に暮らせる街を取り戻したいという地元の願い。複雑な思いでその景色を眺めていた。

そんな想いを水産加工会社、マルアラ株式会社の社長である及川吉則さんに訊いてみた。

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やるしかないですよ。はやく工事終えて、そこに工場建てて、もっと仕事できるようにしなくちゃね。」

彼は、この津波で5つあった工場のうち4つを流された。かろうじて残ったひとつも浸水し、すぐには仕事が再開できなかった。そして、いまは残ったその工場で仕事をしている。

「売上は、なんとか震災前に戻りましたよ。あとは、土地のかさ上げしたところに水産加工の地区ができるから、そこに新しい工場再建したいと思っています。」

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翌3月9日(日)、私たちは、福島県南相馬市の小高地区へ伺った。ここは、被災地から10キロほどの場所にある。震災の直後、着の身着のままで避難させられ、それから1年間以上、立ち入ることさえ許されなかった場所だ。今でも、夜間の滞在は許されていない。瓦礫も未だ至る所に残っている。

この写真は、JR小高駅前に残された中学生や高校生たちの通学用の自転車だ。

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震災の日からそのままだ。突然、誰もいなくなってしまった街。まるで、映画のワンシーンのようだ。以前立ち寄った浪江町の小学校には、帰り支度のまま残された鞄や荷物、片付けをまつ給食の食器が整然と並べられていた。

そんなゴーストタウンが、この日本に存在している。今後の見通しも見えないままだ。復興が進む南三陸町とは裏腹に、この町はまだまだ何もすすんでいない。

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そんな土地でも、再びここに戻ると決心し、そういう人たちの仕事や生活を支援する取り組みをしている女性がある。NPO法人「浮船の里」代表、久米静香さん。彼女もまた、活き活きと前に向かってすすんでいる。

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「かっこいい!」そんな感じの素敵な女性である。彼女と知り合って1年半くらいになるだろうか。当時は、この小高に残るかどうかを決めかねていた。

「斎藤さん、ここに残ることに決めました!」

久しぶりに会った彼女は、まるで別人のように明るく、若々しかった。

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今回お目にかかった人たちに前向きな気持ちの持ち主はひとりもいない。そんなことは通り越して、もう前へ向かって突き進んでいる

私たちは、何かを始めようとするとき、必ず「リスク」考える。しかし、彼等には「リスク」などない。全てを失い、前に向かって動くしかない。言うなれば、すべてが「リスク」である。だから、「リスク」なんて考えてもしょうがないのかもしれない。腹が据わっている。

復興予算の在り方や使い方、行政の連携などを見ると、不満もあれば、課題もあり、私たちはとかく批判がちだ。しかし、原発避難区域を除けば、その他の沿岸地域は、着実に復興は進んでいると感じた。そして、何よりも、こういう地元の人たちが、腹をくくって前に向かって動いている。

このツアーで多くの元気をもらうことができた。そして、これまでの被災地との係わりや自分自身の生き様に、猛省を促された気がする。

改めて思うことだが、被災地の問題は、日本の問題である。被災前から高齢化、過疎化が進んでいた地域は、被災によりその流れを加速させたにすぎない。少子高齢化が進む我が国。いずれは同じ問題に直面する。震災復興とは、これからの日本をどうしてゆくかの先駆的な取り組みなのだ。

私たちは、この出来事を遠くのこととして、漫然と眺めているだけでいいのだろうか。政府や行政を批判するだけでいいのだろうか。

地元にもっと関心を向けるべきだろう。不満や課題があるのなら、それをどう改めるべきかを考え、指摘し、地元とともに力ある声にしてゆかなければならないだろう。そして、なによりも、前に向かってすすんでいる人たちの力を信じ、自らもそういう力を持たなければいけない。

南三陸町、そして、南相馬市小高で出逢った人たち。なんと素敵な人たちだろう。結局は、人なのだと改めて思った。復興を支えるのは、こういう人たちなんだと。

私たちができることは、そういう人たちと共に前へ進むことである。そして、私たちは、そういう人たちから、多くの見返りを受け取ることになるだろう。すばらしい生き方をしようというというエネルギーを・・・

 

第1回 ITACHIBA会議[無料]を3/18(火)@東京

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今、問われるIT部門・SI事業者の存在意義

IT部門は必要なのか?SI事業者は何をすべきか?

ITACHIBAとは、ユーザーとベンダーの立場や利害を超えて、これからのITとの係わり方を考え、議論し、共有する「場」として、有志たちがボランティアで立ち上げたコミュニティです。

その第一回目の会議を来る3月18日(火)に開催します。当初予定した2月14日(金)が大雪にて中止となり、改めて開催することとなりました。

IT部門の変革に取り組む大手製造業の情報システム部門長、受託請負会社からクラウドやOSSを活かしたサービス会社への転換を果たしたベンダー企業の社長が、その取り組みの生々しい現実をお話し頂きます。そして、彼等の話を切っ掛けとしてグループ・ディスカッションをおこない、新たな気付きや今後への取り組みについて考えていだこうという企画です。よろしければ、ご参加ください

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