フリーソフトウェア、ほんとうはタダじゃない

opensource 2005-11-30 21:33:45

 これから語るのは、実際にあった話だ。

 先日、友人が電話をかけてきた。あるGPL(General Public License)準拠コードを数千ドルかけてカスタマイズしたのだが、その金を取り戻す方法を知りたいという。「どうやって売ったらいいかな。かなりの金額をつぎこんだんだ」と、彼。

 売ることはできないんだと、わたしは彼に告げた。彼が改造したツールはGPLに準拠しているのだから、販売するのは不可能である。それどころか、彼はオリジナルのツールを入手したサイトに、新しいコードを提供しなければならなかったのだ。

 友人は驚愕していたが、どっちみちわたしは元のツールのほうがすぐれていると思っていた。

 もとい、自分で構築したサイトにサービスを設置することは可能だし、広告を売ることもできるし、改良したソフトウェアを利用して他のサイトをホスティングしてもかまわない。コードを販売できなくても、投資を取り戻す手だてはいくらでもあるじゃないかと、彼に話した。

「これを動作させるの何千ドルもかけたんだぞ!?」と電話越しに訴える彼の声には、悲壮感がにじんでいた。

 だがこれは、よくあることなのだ。オープンソースのコードを使って何か便利なものを開発するのは、高くつくのである。プロプライエタリツールを利用するときと同じ問題が、オープンソース開発界に優秀な人材を引き入れ、引き留めておこうとする際にも起こる。むしろそのための初期コストは、有料ソフトウェアに支払うコストを上回ってしまう可能性もある。さらに、強化を施した機能は還元しなければならないことから、見返りも小さくなる。

 それならどうしてそんなことをしないといけないのだろうか。

 ベースにしたツールのことを考えてみてほしいと、わたしは友人に言った。プロプライエタリ製品は、投資した以上のコストがかかるものだ。修復やアップグレードがリリースされるのを待つ必要もある。自分ではそうした作業を行えないのだから。それに、友人が行った「改良」の大半は既存のモジュールを多少いじっただけであって、ツールが元々置かれていたサイトにも同じものがあった。

 要は、「無料」のソフトウェアは本質的には無料ではないということだ。開発に着手するにはコストがかかり、近道もない。開発には組織ではなく才能が必要で、才能には金がかかるのである。

 どうしてそんなことをするのかだって? それは、本来のスタート地点より進んだ場所から物事を始められるからで、完成した製品もさらに開発が進められている製品も、思い通りにコントロールできるからだ。開発コミュニティの存在が、ソフトウェアを個人的にアップグレードするときの近道を提供してくれているからだ。

 安価だからじゃない。安価じゃないからだ。

 そう、よりすぐれているからなのだ。

(Dana Blankenhorn)

※このエントリはZDNetブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および ZDNet編集部の見解・意向を示すものではありません。

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