着いた場所は“ビーチ”だった。
西に陽の傾いた空はオレンジ色に染まり、頬月色の太陽が薄く張った雲の向こうへと溶けていくようだった。
白波の立つ海は深い青色と反射した太陽のオレンジがキラキラと輝いていて、ゆっくりと波が押し寄せる白い砂浜には、小さな貝殻がポツリ、ポツリと光っている。
「ここ……たまに来るの」
夕日に照らされたケリーの言葉に重なるように、俺の身体に波音が響いてくる。
周りには誰もいない、
ケリーと、俺の二人だけ。
あぁ……
俺は突如と思い出した。
俺は、確かこれと似た光景を知っている。
あれは確か…遠い昔。
たった一度だけ、
ずっと好きだった女の子を勇気を振り絞って誘った、中学二年生の夏。
俺の初めての告白は、なんとも情けない終結だった。
学校からの帰り道の途中、綺麗な海辺で一生一代の告白。
しかし緊張してまともに彼女の顔を見れなかった俺は、やっと告白出来たと思いきや、彼女に泣かれてしまったのだ。
俺はその理由も聞くことの出来ないまま、砂によって絡まった自転車のチェーンを直すことも出来ず、ただ黙々と海岸沿いを歩いた。
キィ、キィと小さくなる自転車の音と、美しい光を反射させる小波の音。
そして二人の足音。
何時間にも思えた彼女との時間は、今思えば青春の一ページで、思い出として俺の記憶の中に残った。
それが、俺の初恋。
「どうしたの?」
長い間タイピングをしていなかった俺に、ケリーは問う。
「あぁ…ちょっと昔を思い出して」
俺は言葉を濁した。
ケリーはもちろん、当時の彼女とは似てもにつかない。
しかもアバターだ。似るわけがない。
でもこの夕日と、ケリーと、白波と、砂浜と……全てがあのときの感情を蘇らせた。
感傷……とでも、いうのか?
俺はこの不思議な感情にまたも驚きを知る。
そして俺はケリーに島を案内されながら、この驚きに少しの喜びを感じていた。
いままでSLでは、ビジネスのことを考えて進めてきた。
ビジネスのためのツールだと勝手に解釈をしていた。
しかし、俺は今、目的もなく、ただ、偶然知り合ったアバターと海岸を歩いている。
そしてさらにその世界に癒されている自分が不思議だった。
いや、違う。
俺は気づいた。
俺はこの世界に癒されているんじゃない、
ケリーがいるこの世界に癒されているんだ。
俺はSLの本当の姿が一瞬、理解できた気がした。
SLとはビジネスの場でもある。
でもレジデンツ(居住者)にとって、SLはまさに住んでいる場所。生活の場。
“参入する世界”ではなく、“住む世界”なんだ。
時には海岸を歩いたり、時には他のアバターととりとめのない世間話をしたり。
その合間に企業SIMに遊びに行ったり。
俺たちがリアルの世界で生活をするように、ここにも生活があり、アバターたちまさにリアルの世界と同じ様にこの世界で息づいている。
そうだ、
俺はランチミーティングでの須藤さんの言葉を思い出す。
仮想現実と言うもうひとつの現実。
これがまさに……
「SLでこんなにリラックスできるとは思わなかったよ」
「でしょう!?」
いつの間にか癒されていた俺の心に、ケリーは同調するように喜んだ(もちろんアバターが)
そして俺の顔を覗きこみ、
「でもよかった。腕にタトゥーが入っているから、もっと怖い人かと思ってた」
彼女の言葉に俺は更に気づく。
ケリーの最初の素っ気無い態度。それはこれを気にしていたのか。
俺は特に意味も無く、無料で手に入れたスキンを着けただけだった。
言い訳がましいが俺はそれをケリーに説明し、彼女の笑顔で反応を確認する。
そして俺は気づく。
アバターには“第一印象がある”と言うことを。
考えてみればそれは当然なのかもしれない。
自分の分身がアバターなら、それを着飾るのは当然だ。
セカンドライフでは、外見がすべて。
彼女の素敵な外見に惹かれたのももちろん俺の第一印象だ。
しかし、今は彼女の話し方も俺は気に入っていた。
俺のつたない英語のタイピングを辛抱強く待ってくれて、
会話の時々に適切なジェスチャーで感情を表してくれる。
その心遣いが嬉しかった。
リアルの世界では表情や笑顔がその人の魅力となって伝わってくるが、セカンドライフでは限界がある。
俺は将来的になくなるだろうこの壁を、今やっと実感したのだ。
「でも、タトゥーのほかにも、別に理由があるのよ」
意味深な彼女の言葉に、俺は焦らされる感覚を覚える。
「理由?」
俺はそして彼女の表情を見ようと覗き込む。無論、アバターからは表情が読み取れない。
それでも、俺の感情は次の彼女の言葉を待ってしまうのだった。
(このブログの著者でもある大槻透世二さんがSecond Lifeでの「ものづくり」を紹介する「Second Life 新世界的ものづくりのススメ」。第29回は、『パーティクル3』。こちらもご覧ください)
※このエントリはZDNetブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および ZDNet編集部の見解・意向を示すものではありません。