「なに言ってんだよ、さくらこそ遊んでばっかりじゃないか」
俺は突然のさくらの急変に少し怒ったそぶりを見せた。
しかしそんな俺にお構いなく、さくらはしゃべり出した。
「そっちこそなに言ってんのよ、ここに来たのはなんのためだと思ってんのよ。あたしたちにはこのプロジェクトを成功させる使命があるでしょ。」
俺の顔がどう見えたかは知らない、だが、確実に足取りが重くなったことは事実だ。
さくらはそんな俺の表情を気にもせず続ける。
「その使命のために、私の貴重な時間を投資してあげてるんだから。」
と、あくまでも、あまり優しさの感じられない言動は昔のままだ。
そんな変わらないさくらだから、今も普通につきあえてるんだけど。
「さっそくだけど、問題です。企業のブランド戦略で一番大切なことはなんでしょう」
俺はいちおう考えるふりをする・・・。
さくらは俺の顔をみながら、にこにこしながら待っている。
問題を出すときの右手の人さし指を出すしぐさも昔のままだ。
そんなことを考えてると、さくらはまるで話を聞いていない俺を見透かし、
「ちょっと、聞いてる?ブランド戦略、あなたも聞いたことくらいあるでしょ?」
とさらに詰めよってきた。
“ブランド戦略”、聞いたことはあるが、すぐには答えられない。
すぐに思い浮かぶのは、ブランドを追い求める人たちがいる、ということかな。ヴィトンのやエルメスのバックがなぜ売れるのか、それはブランドをもっているから、そしてトヨタの車はやはりトヨタ、という世界に誇るブランドとなっている。そう考えるとブランド戦略というのは、やはり販売に大きく貢献しているのはわかる、
でも一番大切なこととは・・・。
考えあぐねている俺を見て、さくらは先ほどまで見ていたディズニーキャラクターの銅像に目線を移し、手をついて言った。
「例えば、これ、よ。この銅像はブランドで一番大切なことを体現したものなの。」
その銅像はディズニーのキャラクターがあるシーンを切り取ったようなポーズをとっているが、これがブランドに何の関係があるのだろう。確かに、駅からゲートに行くまでに、だんだんとディズニーワールドへ近づく気持ちを盛り上げるような効果はもっていると思うけど。そしてさくらはさらに続けて言った。
「この銅像はね、ディズニーがお客さまに約束している“夢と魔法の国”を目に見える形で現したものなの。そしてブランド戦略には、まずお客さまに何を約束するか、そしてそれを指針としてどのようにして実行するかが鍵なのよ。」
「う〜ん、まぁ細かいところまで凝っているな、というのはわかるけど、これがそんなに大切なのかな。」
と聞き返す俺に、さらにさくらは続ける。
「そう、その“凝っている”というのは大切なキーワードだわ。お客さまは何をみても“夢と魔法の国”を感じる体験をする、そしてその約束を必ず守るの。だからディズニーランドでは、“現実世界”とは完全に隔離した体験を提供する責任が生じるのよ」
さくらの弁舌はいよいよ熱を帯びてきた。朝の冷たい風が彼女の熱っぽい頬を気持ちよく冷まそうとしていたが、それも徒労に終わり、さらにさくらは続けて言う。
「そのお客さまとの“約束”を守るために、実は気付かないかもしれないけれど、ディズニーランドでは“現実”を感じさせるようなものは園内からは見えないようになっているわ。さらに園外から中を見ようと思ってもそれと同じで、みえないようになっているの。“夢と魔法の国”だからね。」
そうか、お客さまとの約束を守る。
たとえばなぜエルメスのバックが売れるのか、なぜみんなトヨタの車を買うのか。それは安心があるからだ。これを買っても品質が保障される。それはお客さまと企業の間で交わされた暗黙の約束。それが“ブランド”なのか。
「もっとあるわ。園内の地下には実は巨大な地下トンネルがあってね、そこで荷物を出し入れしたり、キャストと呼ばれる園内でお客さまをもてなす人たちは移動をするの。それもこれもその約束を忠実に守るためなの。そして極力お客さまに“現実”を感じさせずに“夢と魔法の国”だけを体験してもらうのよ。すべての基準はどんな“約束”をむすび、どのようにそれをいきわたらせ“凝る”かどうか、それね。だから駅からの道にもこんなに楽しいオブジェがたくさんあるのよ」
そう言って銅像を見る彼女はとても誇らしげだ。そしてまた2人で並んで歩きだした。
セカンドライフ、いや、この仮想空間の世界、島に何を作るか。
それを考えたときに、企業の与えたいブランドイメージがある。そして“約束”したいことがある。それをどのように空間に落とし込むのか。そしてそれを忠実に隅々まで実行すること。それによってお客さまは“安心”を得るのだろう。このブランドはこうだ、というイメージ崩さないブランド戦略、そしてそれをさらに体験によって強化されるような設計。それを空間によって提供する、それがディズニーランド。
俺はさくらがここに連れてきた理由が、くやしいけど、ちょっとだけわかったような気がした。
(このブログの著者でもある大槻透世二さんがSecond Lifeでの「ものづくり」を紹介する「Second Life 新世界的ものづくりのススメ」。第36回は、『エンジン5』。こちらもご覧ください)
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