私が「iPhone」をほしいと思わない理由

若井 直樹(Naoki Wakai) 2008-08-08 13:29:07

 毎日1度は強い雨が降るようになった。たまに雷が鳴ったりすると、電力供給が不安定になったり、ケーブルテレビで移らないチャネルがでたり、と気が長くないと過ごしにくくなるのがこの季節である。日本では、「iPhone 3G」の発表で沸き立っているようだ。CNETやZDNETのブログでも、使用感や製品の位置づけを巡って、雑多な書き物があふれている。

 フィリピン人は、ブランド好きに加えて新しい物好きだ。以前から、Auやソフトバンクが提供しているシャープ製のカメラ付き最新携帯を持ち帰っては、SIMロックを外してSMARTやGlobeのSIMを差し込んでは使っている。「iPhone」もその一つだ。こちらで購入すると25,000ペソ、日本円で約66,000円は必要。同時にこの国では、Apple製のラップトップやiPODはリッチであるという証明のようなもので、高値の花であり、持ち歩いているだけで自慢になる。

 NOKIAのE95やE61に代表されるスマートフォンは、ビジネスマンでも比較的にエグゼクティブ・クラスの人が利用している。十分な予算があって、音楽、写真、動画などをハイクオリティな環境で楽しみたいユーザーは、N82やN95を選択する。しかし、フィリピンの大半の携帯電話ユーザーは、SMSの送受信ように、つまりtxtのやりとりが主な用途である。ちなみに私自身は、Nokia E61iを使っている。というのも親指だけでtxtを打つのは到底できないし、やはりEmailの利用は欠かせない。とすれば、私にとってiPhoneでEmailやtxtを打つなどというのは、とてもじゃないけれど考えられないことだ。スクリーンをタッチしてtxtを打っていると、すぐに壊れてしまうのではないかと気が気じゃなくなってしまうように想う。

 とはいえ私も実はAppleファンの一人で、最初に手に入れたApple製品は、なんとあのSE/30。その後、Quadora900やClassic、そして今ではMAC Bookのユーザーでありさらには、第3世代iiPODからiPOD Touchまで もっているので、Apple好きの一人であると自慢できる。でも、どうしてもiPhoneだけは、手に入れたいとは思えない。どうも私は、あまりにも雑多に複合された機器が好きではないのかもしれない。

 iPODが世の中に登場したときは、ソニーのウォークマンが登場したときとはまた違った感動があった。それは記憶媒体が、磁気テープやCD-ROMから大容量のHDDに代わり膨大な楽曲を持ち歩けるという以上のなにがしかの感動だったと記憶している。それはあの優雅で美しいデザインかもしれないし、多くのアクセサリーかもしれない。しかも、楽曲という枠を超えて、画像、写真、動画とその利用シーンを極大化したことが、ユーザー層を拡大するのに貢献し続けている。

 ここまでは良かった(私にとってと言う意味で)。なぜならば、あくまでも必要なのは「ブラウジング」であったからだ。しかし、それに電話機能が追加された時、「聞く、見る、話す」だけならばまだしも、特に通信コストの割高(私の平均収入に占める割合として)な、このフィリピンではSMSの利用比率が圧倒的に高く、いわゆる「書く」という行為が必要になる。しかも、ビジネスシーンではEmailの安全な送受信が追加され、ますます「書く」という行為の頻度があがる。あの美しいiPhoneの表面にべたべた脂がつくのはどうも私には我慢できない。あの薄い筺体を指で強く挟み込む行為も、ちょっと度胸が必要。そこに日本語が絡むともっと面倒だ。

 一度でいいから、SMSやEmailのヘビーユーザーがiPhoneを使っている姿を見てみみたい。

※このエントリはZDNetブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および ZDNet編集部の見解・意向を示すものではありません。

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