肥やしのプルサーマル化?

八木大造(Daizo Yagi) 2009-02-27 15:54:24

 先週マスコさんがメールをくれた。さすがマスコさん。故事が引用してある。

件名:塞翁が馬

そのときつらい結果でもその後それが功を奏することもある。

つらいことがあればそのブルースがきっと音楽の肥やしになる。

 塞翁が馬をウィキペディアで見てみた。

 塞の国のある翁(老人)は、何よりも自分の馬をかわいがっていた。その馬は、周りからも評判が立つほどの駿馬であったが、ある日突然、蜂に刺された拍子に飛び出してしまう。一向に帰ってこない馬の様子に、周りからは翁に同情するほどであったが、翁は「これがきっかけで何かいいことが起こるかも知れない」とだけ言って、我慢強く待ち続けた。すると、どうだろうか。しばらくして、その馬が別の白い馬を連れ帰ってきたのである。しかも、その白馬も負けず劣らずの優駿であり、周りの者は口々に何と幸運なことかと囃し立てたが、翁は「これがきっかけで、別の悪いことが起こるかもしれない」と自分を戒め、決して喜ばなかった。

 その予感は的中した。かわいがっていた孫がその白馬から落ちて、片足を挫いてしまったのである。周りはまた同じように慰めの言葉を掛けたが、翁はまた同様に「いいことの前兆かも知れない」と告げる。それからしばらくして、隣国との戦争が勃発した。若い男は皆、戦争に借り出され、そして戦死した。だが、孫は怪我していたため、徴兵されず命拾いした。そして、戦争も終わり、翁は孫たちと一緒に末永く幸せに暮らしたという。

 このことから、人間、良いこともあれば悪いこともあるというたとえとなり、だから、あまり不幸にくよくよするな、とか幸せに浮かれるなという教訓として生かされる言葉になり、「人間(じんかん)万事塞翁が馬」などと使われる。(ウィキペディアより)

 う〜ん、なるほど。音楽や教会で学んだことが、今回は「ネットde家系図」を推進する肥やしとなった。そして今度は「ネットde家系図」に関われなくなった残念な気持ちが、音楽や次の仕事の肥やしになるという。肥やしのプルサーマル化? いや、幻の永久機関?・・・なに言ってんの?・・・とにかく残念なコトを積み重ねるほどに、将来やることの成功の確度が高まっていくっちゅ〜ことですか?・・・だから・・・誰に言ってんの?・・・するってぇーと、老いとの勝負の側面もあるな・・・精神と体力が衰えぬうちに、肥やした肥やしを使ってなんとか・・・う〜ん。音楽はですね、上達という小さな成功や達成感が細かく積み上がっていくのでとても楽しい。えっ?仕事もそーか。そっか、そっか。あれ?なんか随分ヘロヘロになりましたが・・・とにかく、だんだん力が湧いてきたぞっ!・・・エイッ!(つづく)

※このエントリはZDNetブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および ZDNet編集部の見解・意向を示すものではありません。

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