記憶を思い出す際の脳の新たな仕組みを解明

学校法人 順天堂

From: PR TIMES

2016-10-07 10:00

~大脳側頭葉の各皮質層がそれぞれ担う記憶の情報処理~

 順天堂大学大学院医学研究科老人性疾患病態・治療研究センターの竹田真己特任准教授ら、および東京大学の小谷野賢治研究員らの共同研究グループは、視覚情報を想起する際の大脳情報処理機構を皮質層レベルで解析する方法を開発し、側頭葉において皮質層ごとに異なる情報処理を担っていることを初めて明らかにしました。この成果は、記憶想起における神経回路の動作原理の一端を明らかにし、脳損傷による記憶障害に対する診断・治療法の確立に貢献すると考えられます。本研究成果はNeuron電子版に10月6日(日本時間10月7日)付けで発表されました。



【本研究成果のポイント】
・ニューロンの位置を皮質層レベルで正確に同定する手法を開発
・記憶想起において、大脳側頭葉の各皮質層が異なる情報処理を担うことを解明
・記憶想起の皮質層神経回路モデルをもとに、記憶障害に対する診断・治療法の確立へ

【背景】
 大脳は6層の皮質層*1で構成する神経回路により情報処理を行うことが知られています。この神経回路の動作原理は初期感覚野などで詳細に調べられており、皮質4層から浅層である2、3層さらに深層である5、6層へ情報が伝達されることで、より複雑な情報処理を行う標準的神経回路モデルが提唱されてきました。しかし、記憶の情報処理においては、中心的な役割を果たす側頭葉36野は脳の深部に位置しているため、脳の表層に位置する初期感覚野の研究で用いられる記録部位同定法が適用できませんでした。そのため、記憶に関連する側頭葉*2においても同じように情報の伝達と処理が行われているのかどうかは大きな謎でした。そこで、私たち研究グループは記憶想起における側頭葉の神経回路の動作原理を明らかにするため、側頭葉の記憶関連ニューロンの分布と活動について皮質層レベルで詳細に調べました。

【内容】
 まず、私たち研究グループはサルに対連合記憶課題(図1)を課し、課題遂行中のサル側頭葉 36野のニューロン活動を計測しました。この課題では、提示された手がかり図形をもとに、あらかじめ学習した対となる図形(対図形)を思い出すことが要求されます。次に、高磁場磁気共鳴画像法(MRI)*3により記録電極先端位置を画像化し、対応する組織画像上に電極先端位置を再構成する(図2)ことで、計測したニューロンの皮質内位置を各皮質層単位で同定しました。この同定法は、各皮質の位置と働きをマッピングできる世界初の方法となります。解析の結果、皮質浅層(2、3層)のニューロン活動は対図形よりも手がかり図形の情報を処理していることが明らかになりました。一方、皮質深層の5層のニューロン活動は手がかり図形と対図形の両方の情報を同程度処理し、6層のニューロン活動は対図形の情報をより処理していました(図3)。また、5層ニューロンは6層ニューロンに比べて、より早いタイミングで情報を処理し始めることが分かりました。そこで、皮質深層の情報処理をより詳細に明らかにするために、深層ニューロンのニューロン活動をクラスター解析により調べたところ、6層ニューロンは2つのグループに分類できました。この2つのグループのうち、記憶想起中により対図形の情報を処理するニューロングループは、周囲のニューロン群の協調的活動(局所フィールド電位)と同期して活動していることを明らかにしました。
[画像1: (リンク ») ]

[画像2: (リンク ») ]

[画像3: (リンク ») ]


 以上の結果から、皮質5層は課題を解くのに必要な視覚情報と記憶情報の連合に関与し、一方皮質6層は想起した記憶情報のみを符号化していることを明らかにしました。 これは漸進的に複雑な情報を処理する初期感覚野の神経回路と異なり、側頭葉の皮質深層において視覚情報から記憶情報の変換が行われていることを示唆しています。また、皮質6層のニューロンによって36野の神経回路の出力として、他脳領域に対図形の情報を伝達し、記憶想起に重要な働きを担っていることを示唆しており、新しい神経回路の動作原理モデルとして提唱しました(図4)。
[画像4: (リンク ») ]



【今後の展開】
 今回の結果は、側頭葉における記憶想起の情報処理が、従来初期感覚野などで明らかにされてきた標準的な情報伝達と同様に、浅層から深層への情報伝達が重要な働きを担っていることを示しています。とりわけ、深層5層において、入力情報(手がかり図形)とは異なる想起情報(対図形)の処理が行われることは、初期感覚野の神経回路と異なる新たなメカニズムが側頭葉の記憶神経回路に備わっていることを示しています。同じ大脳において、初期感覚野と側頭葉の神経回路メカニズムの違いがどのような要因で起きているのか、他の認知機能ではどうか、今後の研究が待たれます。本研究は、記憶想起に関わる大脳ネットワークの動作原理の解明につながると考えられ、また脳損傷などによってこの神経回路が損なわれることにより起きる記憶障害に対する診断・治療法の開発に貢献することが期待されます。


【用語解説】
*1:皮質層
大脳皮質は一般的に6層の層構造から構成される。解剖学的に、脳表面から1‐6層に分類される。このうち、4層は下位の皮質からの信号を受け取る入力層であり、浅層である1‐3層や深層である5‐6層と区別される。

*2:側頭葉
大脳は、前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉に分類される。側頭葉は、脳の後方側面を占める脳領域で、視覚や聴覚などの認知機や記憶の中枢として知られている。

*3:磁気共鳴画像法(MRI)
核磁気共鳴現象を利用して生体内の情報を画像化する方法。生体の構造や脳の活動などを非侵襲的に計測するために用いられ、生体深部の情報を画像化することができる。


【原著論文】
論文タイトル:
Laminar module cascade from layer 5 to 6 implementing cue-to-target conversion for object memory retrieval in the primate temporal cortex

筆者:
Kenji W Koyano, Masaki Takeda, Teppei Matsui, Toshiyuki Hirabayashi,
Yohei Ohashi, Yasushi Miyashita

掲載誌:Neuron( (リンク ») )

Doi: 10.1016/j.neuron.2016.09.024

なお、本研究はJST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)の研究課題名「サル大脳認知記憶神経回路の電気生理学的研究」【研究代表者名:宮下 保司(順天堂大学 特任教授)】の一環によって行われました。

プレスリリース提供:PR TIMES (リンク »)
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