阿部勇樹、イビチャ・オシムに会いに行く。(前編)

LINE株式会社 2018年01月18日

From PR TIMES

LINE NEWSオリジナルインタビュー企画第7弾



LINE株式会社が運営する、月間利用者数6,000万人を超えるニュースサービス「LINE NEWS」では、LINE NEWS編集部独自の視点で各界のキーパーソンの今に切り込むオリジナルインタビュー企画を2017年10月より公開しております。
本企画の第7弾として、浦和レッズの阿部勇樹選手と元日本代表監督のオシム氏の対談インタビューを公開いたします。お忙しい中、誠に恐縮ではございますが、是非ご覧いただきご掲載いただけますと幸いです。

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■恩師、イビチャ・オシムさんをたずねる旅──
2007年11月、オシム氏は代表監督在任中、脳梗塞で倒れた。そして職を辞し、志半ばで日本を去っていた。
しかし、それから10年の間、阿部選手が恩師のことを忘れたことはひと時もなかった。

ジェフユナイテッド時代、そして日本代表選手としてオシム氏と共に戦った阿部選手が、恩師を訪ねサラエボの地へ。
その旅の様子に、LINE NEWS編集部が密着しました。両氏の独占対談インタビューを前後半に分けてお届けします。
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「来ちゃいましたね。本当に。来れたんだ」──
まずは恩師がプレーし、監督も務めたクラブ、ジェリェズニチャルのホームスタジアムへ。1912年設立の歴史あるクラブ。記者会見場には、無数のトロフィーが並んでいた。そして飾られた写真、肖像画の中には、懐かしい顔があった。
「ああ、オシムさん」

戦火の中で最後までプロの仕事を──
1992年。オシムさんの故郷、サラエボをセルビア人勢力が包囲し、ふるさとが戦火に包まれた。そして、妻のアシマさんが、その中に取り残されていた。それでもオシムさんは、任されたユーゴスラビア代表監督の仕事を全うしようと、サラエボに戻らずベオグラードにとどまった。
代表チーム自体も、欧州選手権への出場が認められなくなった。オシムさんのつくった”世界最強”チームは、まぼろしと消えた。それでも、戦火の中で最後までプロの仕事を貫いたオシムさんには、世界中から敬意が寄せられることになった。
「本当に、すごい方です」

「ようやく来たか。若返ったように見えるが、ちゃんとアタマの中身は使っているのか?」──
イビチャ・オシムさん。現在76歳。
そう言って、にやりと笑う。阿部は思わず破顔した。興奮気味に、同行スタッフに顔を寄せる。
「元気じゃん!変わらないじゃん!」

「あれからすべてが始まった。」──
「就任したシーズンの開幕戦、東京Vが相手だったが、終了間際に坂本が間違ったような正確なクロスを入れて、チェ・ヨンスが決めて勝った。ベストゴールとは言えないが、あれからすべてが始まった。そこからのゴールは、全部覚えているぞ!もちろん、君のゴールもだ。」
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本企画では今後も、スポーツや音楽、芸能といった様々な分野で活躍する人物に焦点を当て、LINE NEWS編集部独自の視点でインタビューを実施してまいります。ご期待ください。

プレスリリース提供:PR TIMES (リンク »)

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